みなさま、こんにちは。

ゴールデンウイークに突入しましたね。
どこかにお出かけのご予定の方もたくさんいらっしゃると思います。
楽しい連休をお過ごしください。

さて、今日は5月1日、メーデーということで昨年11月に韓国で公開された映画『カート』(邦題仮)について書いてみます。

韓国の大企業はメーデー(労働節)に休むところが多いため、私も今ソウルに来ていますが街中もやや休日のような雰囲気が漂っています。

今日ご紹介する『カート』については以前も予告編やおおまかな内容を紹介していますので、そちらもご参照ください。(記事はコチラ

11月13日の公開前、釜山国際映画祭をはじめ各種試写会で先行上映され、いずれも観客から熱い支持を受けていた『カート』。

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ポスターの笑顔を見ただけで涙が・・・・・・。(笑)

この映画は、ある日突然不当に契約を解除された非正規雇用者の復職を求めた闘いを描いています。韓国の被雇用労働人口の実に半数が非正規雇用者であるという現実から照らし合わせてみれば、観客の流す涙はまさに自分自身や身の回りの人たちにも起き得るという共感と理不尽な世への怒りであったと思います。

監督はプ・ジヨンさんは女性で、この作品が初めての劇場長編映画となりました。

商業映画としては初めて真正面から労働問題を扱った点と、実際にあった2007年の「ホームエバー事件」をモチーフにしていることで、社会への強いメッセージ性がクローズアップされる一方、映画としても喜怒哀楽の込められたエンタメ作品として上手くまとめられているとの前評判もあり、観客動員数も期待されていたこの映画でしたが、結果は予想を遥かに下回る81万人ほどとなりました。

私が実際見た観想で言うと、本当にいい映画でした。
描いている事態があまりに理不尽で、怒りながら、途中しゃっくりあげながら映画に没頭できました。作品のできがこれほどいいのに観客動員数が伸びなかったのは、むしろ映画でまで現実のつらい物語を見たくないという、人々の防衛意識が働いた結果かもしれません。

日本での公開予定などは把握しておりませんが、韓国での観客動員数の少なさから、もしかしたら公開はないかもしれませんね。
とてもいい映画なので上映されるといいのですが。

今日は最後までネタバレしつつ映画をご紹介しますので、映画をご覧になるおつもりの方はご了承くださいませ。

映画の冒頭は、5年間大型スーパーの「ザ・マート」で契約社員として勤務してきたソンヒ(ヨム・ジョンア扮)が、その優れた勤務態度を買われ、3ヵ月後に正社員に昇格すると同僚たちの前で紹介されるところから始まります。

安定的な職を得られる喜びから、ソンヒは帰宅後息子のテヨン(ト・ギョンス扮)に新しい携帯電話を買ってあげると約束します。ソンヒの夫は建設現場で働いており、数ヶ月単位で留守にするのが常なので、ソンヒが高校生の息子と幼い娘をほぼひとりで育てていました。

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うっかり給食代の振込みを忘れた母のおかげで、クラスメイトたちの前で給食受給から外されてしまうテヨン。思春期の子どもには、友人の前でこうした仕打ちはつらいですよね。学校での給食無料化がイシューとなっている韓国なだけに、このあたりの描写は本当に胸が痛みます。

そんなある日、会社は突然非正規雇用の職員たちの契約をひと月後一律に解除すると一方的に通報。労働者たちは大混乱に陥ります。

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3ヵ月後に正社員になれると約束されていたソンヒも、例外ではありませんでした。

いつもクールなシングルマザーのヘミは、「これは不当解雇だ」と断固たる抗議を行い、戦う姿勢を鮮明にします。かくして女性たちはヘミのリーダーシップのもと、労働組合を設立し、労使交渉に立つことに。
長年掃除の仕事を引き受けてきたスンレ(キム・ヨンエ扮)の他に、スーパーの従業員の中で最も優等生だったソンヒが交渉係に据えられます。戸惑いながら交渉係を引き受けるソンヒ。

ところが会社側は本社が労働組合を認めないのを理由に、対話の呼びかけに一切応じず。
女たちに何ができるのかと高を括っているのです。

ヘミは交渉の場に引きずり出すためにストライキを行い、スーパーを占拠する戦術に。

会社は一方ではソンヒに近づき、組合を辞めれば正社員にしてやると影で懐柔するんですよね。
本当にいやらしいわけですが、一瞬揺れてしまうソンヒ。
みんなの前で堂々と「正社員をエサに自分を懐柔してきた」と笑い飛ばすヘミが、ソンヒが卑怯になるのを阻止します。

こういう「一本釣り」による瓦解工作は、本当にそこかしこにありますよね。

首を切られるわけにはいかない、おのおのが一家の大黒柱である女性たちは、ダンボールを敷いたスーパーの床で励ましあい、これまで語ってこなかったそれぞれの人生を紹介しつつ心を通わせます。
ヘミはかつて正社員として勤務していた会社で無理をし、子どもを流産した経験がありました。それでも歯を食いしばり、昇進までしたヘミでしたが、再び子を授かり、子を守りたい思いから激務を自重。昇進が見込めなくなり、解雇に至った経緯を打ち明けます。

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ソンヒを「オンニ/お姉さん」と初めて呼んだヘミ。
従業員たちに文字通りシスターフッドが生まれた夜でした。

ところが翌朝。

会社側は警察権力を投入し、女性たちを強硬に排除。

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「罪のない者を捕まえるのが警察なのか!」と全身で抗議するスンレ。

スンレは気を失い、その様子を見守っていた人事課の課長代理ドンジュン(キム・ガンウ扮)が駆け寄ります。スンレは日頃からドンジュンを息子のように可愛がっており、心優しい正社員のドンジュンは会社のやり方に反発を覚えながら悶々と過ごしていたのでした。

留置所で自分たちのことを報じるニュースを見た女性たちは、あまりに一方的に会社の言い分ばかりを伝えるテレビに驚きを隠せません。
このあたりの描写も、非常に憂鬱な社会の現実を映し出しています。

一方ドンジュンは、会社がスーパーの売却を進める中、正社員たちも年俸制契約に転換させられたあと切られる可能性があると感じ、正社員たちに組合加入を求め始めます。

スンレの見舞いに来たドンジュンにヘミは厳しい顔を見せますが、自分のつくった正社員の労組と合体させたいとドンジュン。
本気ならば労組の委員長を引き受けてみろというヘミの言葉に、ドンジュンは応じます。

こうして正社員と非正規職員が共に闘うことになった「ザ・マート」労組。

ドンジュンの指揮のもと大がかりなスーパー前での篭城を行い、その活動は人々の注目と支持を集め始めます。
中央労働局からも不当解雇を改め職場復帰させるよう命令が下り、事態が好転するかに見えたものの、契約期間が残っているのは23人のみでした。
その上、ドンジュンとヘミ、ソンヒにだけ送られてきた巨額の損害賠償請求。
労組の瓦解を企てる企業との間で再び緊張が高まります。

募る焦燥感から息子と対立してしまうソンヒ。
ソンヒはテヨンが密かにコンビニでバイトを始めたことを知りませんでした。解雇された母に修学旅行代金を期待できそうもないと悟ったテヨンは、内緒でバイトを始めていたのですが、母は遊び歩いて帰宅が遅いのではと勘違いしたのでした。

家出した息子のクラスメイトから、テヨンがコンビニでバイトを始めていたことを聞かされるソンヒです。

長期にわたるストライキに疲れ果て、組合員たちが希望を失いかけた頃、会社はとうとう人を雇って労組のテントを暴力で破壊し、人々を排除します。その過程で大怪我を負ったヘミの息子。

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窮地に追い込まれたヘミは仲間を裏切り、息子の入院費を稼ぐために会社の懐柔に応じて職場復帰します。

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ヘミを見て崩れ落ちる仲間たちの絶叫に、胸が引き裂かれるシーンです。

そんな中、テヨンに事件が起きます。

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バイト先の店長にバイト代をちゃんと働いた分払って欲しいと求めるテヨン。店長は勝手な理屈でテヨンを追い払いますが、腹を立てたクラスメイトでバイト仲間のスギョン(ジウ扮)が窓に石を投げ、それをテヨンの行為と勘違いした店長がテヨンを激しく殴打したのです。

駆けつけたソンヒは事情を聞き、ガラスの弁償どころか息子への謝罪とバイト代の支払いを猛烈な勢いで迫ります。そんな母の新たな姿に尊敬を覚える息子テヨン。

会社側の執拗な嫌がらせにカッとなってしまったドンジュンは、傷害罪で捕らえられ。スンレと共に面会にきたソンヒに、最後まで責任を取れなくてすまないと涙を見せます。
心はみんな同じだと慰めるスンレ。

満身創痍の仲間を前に、ソンヒは心ひそかに最後の闘いを決めます。

レジで働くヘミの姿を窓越しに盗み見るソンヒ。
公衆電話から電話をかけます。

あなたのおかげで自分では夢にも思いつかなかったことをやり遂げられたと礼を言うソンヒ。いつかあの日のように楽しく働こうと優しく声をかけるソンヒに、無言のまま涙をこらえきれないヘミです。

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散り散りになった仲間たちを訪ね歩くソンヒ。

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仲間たちは再会を心から喜びます。
ソンヒの進める最後の抗議行動。

家に帰ると、電気料金未払いで電気が止まっていました。
テヨンは母のおかげでバイト代をもらえなかった悔しさが晴れたと言いながら、修学旅行代としてためていたバイト代を母に差し出します。

数日家に戻ってこれないかもしれないという母に、妹の面倒も自分が見るし、父からの電話にも上手く答えておくからとテヨン。
ソンヒは自分を理解してくれた息子を抱きしめながら、涙を流します。

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こうして訪れた決戦の日。

クリスマス商戦で一際にぎわうスーパー。
職場復帰を選んだ仲間たちが働いています。

そんな中、客を装ってスーパーに紛れ込む組合員たち。
ソンヒの号令を今か今かと待ちます。

「みなさん」と震えながら声を絞り出すソンヒ。
緊張のあまり大きな声が出ません。
スーパーの雑踏にかき消されてしまう声。仲間たちの不安げに見つめる目。

ソンヒは客を呼び出すためのマイクを奪い、大声で呼びかけます。
その声を合図に配置につく仲間たち。

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「私はほんの数ヶ月前まで、一度も欠勤することなく、馬鹿みたいに延長勤務までしてきた人間です。会社が上手くいけば私たちも上手くいくと思っていたのです。でも、ある日突然首を切られ・・・・・・」

マイクを素早く切る職員。
自分を切実に見つめる仲間たちの前で、ソンヒはくじけず勇気を出します。

あのレジで働いていた自分が声を張り上げているのだと言葉を続けるソンヒ。

「私たちはたいそうなことを望んでいません。私たちの叫びに耳を傾けて欲しいんです。話を聞いて欲しいんです!」

やっとそこまで言ったところで、再び暴力的に排除されてしまうソンヒたち。
絶叫しながら引きずり出される仲間を前に、残されたヘミたちはなす術もありません。

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到着した警察ともみくちゃになりながら、排除されていく組合員たち。
怒りが頂点に達したソンヒは、外に並べてある空のカートを手に、警察の盾に突っ込みます。仲間たちもソンヒに続き、警察の壁を突き破ろうと全力で抵抗しますが、そんなソンヒたちに容赦なく放水する警察。

水の勢いの激しさに、ソンヒたちは瞬時に押し倒されます。

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護送車に押し込められ、声の限り叫びながらその様子を見るスンレ。
あたりに漂う敗北感。

その時ソンヒは、跪く自分の傍にヘミが来ているのに気づきます。

「オンニ!」と涙を浮かべているヘミ。その後ろには、重い水をたっぷり積んだカート。
気づけば回りには、かつての仲間たちが集合していました。
みんな同じように、カートに重い水をたっぷり積んで。

意を決したソンヒとヘミは、再び警察の盾に突入します。
カートを武器に。

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労組幹部以外の組合員を復職させることで、この闘いに幕が下りたことを告げるテロップとともに映画は終わります。

この映画は2007年5月に実際に起きたイーランドグループの「ホームエバー」で起きた、非正規雇用労働者700人の解雇事件をモチーフにしています。
2年以上常時雇用してきた非正規雇用者を正社員に転換しなければならないとする「非正規職保護法」施行を目前に、企業側が該当する労働者を大挙解雇したのです。
映画では大きく触れられていませんが、ホームエバー労組の闘いを支えるために、民主的なナショナル労組である民主労総が多大な支援を送りました。

とても皮肉なことに、この事件が起きた当時は、故ノ・ムヒョン大統領政権下。
充分予想しえたはずの企業側の横暴を防ぐ手立て抜きにこのような法案を制定したことは、批判に値すると言わざるを得ず、残念でなりません。

この映画が封切られた当時、保守与党のセヌリ党も野党新政治民主連合も、議員会館にて競うように国会議員らによる団体鑑賞会を行いましたが、映画を宣伝する目的が与野党で鮮明に異なった点も触れておきましょう。

「非正規雇用者量産法を生み出した」と怒る世の労働者の声に、新たな雇用不安を生んだ張本人としてこうべを垂れる野党トップの傍ら、この映画を宣伝することで非正規雇用者の雇用期間を2年から4年に延長し、企業にとってより使い勝手のいい法案に変えたい与党。
与党はこの後、年末には人気ドラマ『未生/ミセン』の主人公の名を勝手に語り、「チャン・グレ法」などとまるでいいものかのように非正規職の雇用期間延長案を喧伝しだしました。勿論この改正案は人気者の名をとってつけただけの新たな「チャン・グレ(非正規雇用者)量産法」に過ぎません。
『カート』にせよ『未生/ミセン』にせよ、ちゃんと見ていたならそんな発想になるはずがないのに、毎度まるで宇宙人のようです。

いわば「偽チャン・グレ法」と呼ぶべき法案に、労働界は現在も強く反発しているのですが、このあたりのことは「偽チャン・グレ法」の広報に一役買わされることになったイム・シワンさんのことも含めて、別の機会にまた改めて書いてみたいと思います。

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重い素材を扱いながらも、ハートウォーミングで良質なこの映画。
もし日本にも入ってきましたら、是非みなさまにもご覧いただければと思います。
俳優さんたちの演技が実に真に迫っていて、心を揺さぶられました。
この映画が初めての演技となったト・ギョンス君も、これを撮り終えたあとドラマ『大丈夫、愛だ』に出演し、演技の上手さをさらに見せてくれました。
ト・ギョンス君のファンのみなさまにも、是非見ていただけたらと思います。

・・・・・・と言いつつすっかり最後までネタバレしてしまいました。
毎度のことながら、すみません。(笑)