みなさま、こんにちは。

今日は1994年の8月13日にリリースされたソ・テジ&BOYS(ソテジワアイドゥル)の3rdアルバムより、『渤海を夢見て』(邦題仮)をご紹介しようと思います。


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90年代の韓国音楽シーンにおける、押しも押されもせぬ大スター、ソテジワアイドゥル/ソ・テジ&BOYS。

1987年まで続いた軍事独裁政権の影響がようやく抜け始めた1992年3月にデビューした彼らは、それまでの大衆音楽で見たことのないメッセージ性の強い歌詞や独特なパフォーマンスで人々を魅了し、瞬く間にスターとなりました。



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4年後の1996年に電撃的に引退し、グループを率いていたソ・テジさんはその後ソロとして活動しますが、彼らのすごさを表す一つの指標としてソテジワアイドゥル時代に出した4枚のアルバムの総売り上げ枚数をみますと、実に800万枚にのぼります。他にもライブアルバムやベストアルバムなどもあり、すべてを合わせれば1000万枚を超えるのだとか。
この数字を見ただけでも、とてつもない人気だったことがお分かりいただけると思います。


のちに社会的イシューとして取り上げられることになる曲を次々と世に送り出したソテジワアイドゥルですが、今日ご紹介するのもそんな曲のひとつ。
3枚目アルバムに収録されたタイトル曲の“渤海を夢見て/발해를 꿈꾸며/パレル クミョ”(邦題仮)。

彼らがこのアルバムを発売したのは、1994年の「光復節」をまじかに控えた8月13日。歌の内容は祖国の統一と平和を願うものでした。

軍事独裁政権下の時代から統一や民主化を求める歌、軍政に抗う歌などは多数ありましたが、そうした歌がテレビで紹介されるようなことは勿論ありませんでした。
初めての軍人ではない文民大統領が誕生していた1994年当時であっても、いわゆる歌謡曲が正面から南北統一を願う歌を歌うなどということは皆無でしたので、「文化大統領」と称されていたスーパースター、ソテジワアイドゥルが社会に与えたインパクトは相当なものだったと言えます。

彼らがミュージックビデオの舞台に選んだ場所も、人々の度肝を抜きました。
そこはなんと、鉄原(チョロン)にある「労働党舎」跡地。

朝鮮半島は日本の植民地支配から1945年8月15日に解放されるものの、すでに始まっていた米ソ冷戦に巻き込まれ、北緯38度線を境に北はソ連、南は米国の統治下におかれます。
当時、江原道の鉄原(チョロン)は北側に属していたため、1946年に労働党社が建てられたのですが、のちに始まる凄惨な朝鮮戦争ではこの付近でも激しい戦闘が繰り広げられ、休戦ラインが引かれて以降は韓国の領土となっています。



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砲撃のあとが生々しく残り、今にも崩れ落ちてきそうないわくつきのその場所で、ソテジワアイドゥルは祖国の統一と平和を歌ってみせたんですよね。
まさに、なにもかもが破格な「アイドル」でした。


日本にとって8月15日は終戦記念日ですが、朝鮮半島ではこの日を植民地支配から再び光を取り戻したという意味から「光復節」と呼びます。

今年は70周年という節目の年。

21年前にソテジが願った「平和」から、私たちは一歩でも前に踏み出せたのだろうか。そんな疑念が頭をもたげます。
とはいえ、21年前のほうが未来への希望を見出せていただなんて、そんな情けないことを言いたくもありません。
だって未来は、いつでも自分が形作っていくものですもんね。


そんなこんなを思いながらの『渤海を夢見て』、ご覧ください。

動画はyou tubeの“THE OFFICIAL SEOTAIJI CHANNEL”より。





발해를 꿈꾸며

진정 나에겐 단 한가지 내가 소망하는 게 있어
갈려진 땅의 친구들을 언제쯤 볼 수가 있을까
망설일 시간에 우리를 잃어요

한민족인 형제인 우리가 서로를 겨누고 있고
우리가 만든 큰 욕심에 내가 먼저 죽는걸
진정 너는 알고는 있나
전 인류가 살고 죽고 처절한 그날을
잊었던 건 아니었겠지

우리 몸을 반을 가른 채 현실없이 살아갈 건가
치유할 수 없는 아픔에 절규하는 우릴 지켜줘

시원스레 맘의 문을 열고 우리와 나갈 길을 찾아요
더 행복할 미래가 있어 우리에겐

언젠가 나의 작은 땅에 경계선이 사라지는 날
많은 사람이 마음속에 희망들을 가득 담겠지
난 지금 평화와 사랑을 바래요

젊은 우리 힘들이 모이면 세상을 흔들수 있고
우리가 서로 손을 잡은 것으로 큰 힘인데

우리 몸을 반을 가른 채 현실없이 살아갈 건가
치유할 수 없는 아픔에 절규하는 우릴 지켜줘

갈 수 없는 길에 뿌려진 천만인의 눈물이 있어
워! 나에겐 갈 수도 볼 수도 없는가

저 하늘로 자유롭게 저 새들과 함께 날고 싶어

우리들이 항상 바라는 것
서로가 웃고 돕고 사는 것
이젠 함께 하나를 보며 나가요


僕にはひとつ 心からの願いごとがあるんだ
分断した地の友には いつになれば会えるだろうか
ためらっている間に “僕ら”を失ってしまうよ

ひとつの民族であり兄弟である僕らが 互いに銃を向け
僕らが作り出した大きな欲に 自分が先に死ぬだけなのに
君は本当に知っているのかい? 
全人類が生死を分け 凄絶だったあの日を
忘れたわけではないよね

わが身をふたつに引き裂いたまま 現実を失い生きていくのか
治癒しえぬ痛みに絶叫する僕らを守ってくれ

すっきり心のドアを開いて 僕らとともに歩む道を探そうよ
もっと幸せな未来があるんだよ 僕らには

いつか僕の小さなこの地から 境界線が消える日
多くの人々が 心を希望で満たすだろう
僕はいま平和と愛を望んでいるんだ

若い僕らが力を集めれば 世の中を揺さぶることができるし
僕らが互いに手を繋ぐだけで大きな力になるのに

わが身をふたつに引き裂いたまま 現実を失い生きていくのか
治癒しえぬ痛みに絶叫する僕らを守ってくれ

行くことのできぬ道に流された 千万の人々の涙がある
Wo! 僕には行くことも見ることも叶わないのか?

あの空へ 自由に あの鳥たちとともに飛びたいな

僕らが常に願うのは
互いに笑いあい 助け合って生きること
もうこれからは一緒に 一つに向かって歩もうよ





「ダンスが・・・・・・」っていうツッコミはナシにして頂いて。(笑)


タイトルを『渤海を夢見て』とするところに、並々ならぬセンスを感じますね。

この歌のおかげで渤海に対する誤った認識も一方で広まっただろうことは、想像にかたくありませんが。(笑)
当時の状況で言えば、渤海は高句麗を追われた末裔が建てた国ということで、「朝鮮史上最も大きな領土を持った朝鮮民族の国」と大雑把に認識されていたと思います。
実際には契丹族と高句麗の末裔がともに築いた騎馬民族国家ですので、単純にどの民族の国とは言えないでしょう。
いずれにせよ、歌の重きは「渤海」におかれているわけではなく、「ひとつになろう」ということを「渤海」というある種ミステリアスで魅力的なワーディングで伝えようとしたということだと想像します。


私自身はソテジワアイドゥルの全盛期は音楽的な趣向が合わず、熱心に聴いたりはしませんでしたが、ソテジはやっぱりハンパじゃないと、今あらためて思います。




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このところ大衆の前にもよく姿を現すようになったソ・テジさん。
つい先日も「2015ペンタポート・ロック・フェスティバル(INCHEON PENTAPORT ROCK FESTIVAL)」の舞台に立ち、4万5千人の観衆を沸かせたばかりです。
『渤海を夢見て』と同じアルバムに収録されている大ヒット曲『教室イデア』をソ・テジさんと一緒に歌うためだけにタイガーJK&ユン・ミレ夫妻が参加したことも、話題になっていました。
この仁川(インチョン)で開かれたロック・フェス、1日目はわがシプセンチの舞台もあったんですよね。もし同じ日だったら、私ならどっちに行っていたかとつい考えてしまいました。
ああ、ファン失格。(笑)





俗に、若者は未来を夢見、中年は現実を見つめ、老人は過去を懐かしむといいます。

今よりもっと良い未来がぼくらにはあると歌うこの歌。

平和な未来を夢見る心なら、いつまでも持ち続けたいです。