みなさま、こんにちは。

毎日猛暑が続きますね。
埼玉県の熊谷では41.1℃を記録したそうで、国内観測史上最高気温だそうですが、どこの国のことかとにわかには信じられない数字です。
アブダビでは43℃だとつい先日現地の友人が言っていたのですが、よもや関東地方で41℃を超えるとは、衝撃を覚えます。
街中でも、おつらそうな様子で歩いていらっしゃる方を多く見かけます。
どうぞみなさま、しっかりと熱中症対策をお取りくださいませ。
被災地のみなさまも、どうかご無理をなさいませぬよう。

さて、今日は、こんな暑い日に欲しくなる、冷麺について取り上げてみようと思います。

大変な猛暑となっている日本ですが、実は負けじと猛暑を記録している韓国。
暑さで有名な大邱では連日37℃、ソウルでも36℃と日本と変わりません。
とはいえ、日本のほうが圧倒的に湿度が高いので、日本の空港に降り立った時の肌にまとわりつく不快感がさらにつらくはありますが。

そんな韓国での夏の定番メニューと言えば、冷麺。
日本でお馴染みなのは、韓国でムルネンミョン(水冷麺)と呼ばれる冷たいスープの一般的な冷麺と、韓国でピビンネンミョンと呼ばれる甘辛いソースで和えてあるスープのないピビン麺ですよね。どちらも弾力のある長い麺ののど越しがたまらない一品。
韓国の冷麺屋さんでは水冷麺のスープが半分凍った状態で提供されることが多く、キンキンに冷えた冷麺を食べ終える頃には上着が欲しいくらいの涼しさを味わえるのですが、実は今年の夏は日本でもお馴染みの冷麺とは少し違う、「平壌(ピョンヤン)冷麺」が韓国で大人気になっています。

「平壌冷麺」に火をつけたのは、言わずと知れた南北首脳会談。
4月27日、板門店で文在寅大統領と金正恩委員長が歴史的な南北首脳会談を行ったことは日本でも大々的に報道されましたが、その日の晩餐会で提供されたのが北側が板門店に製麺機を持ち込んで作った平壌冷麺の名店「玉流館(オンニュグァン)」の冷麺でした。

南北首脳会談が成功裏に終わり、「玉流館」の冷麺を両首脳が食する場面が流れた後は、ソウルにある平壌冷麺専門店のあちこちで長蛇の列ができるように。

代表的な平壌冷麺専門店の一つである麻浦区のウルミルデ(을밀대、乙密台)はご覧のような様相でした。
(写真出典は時事問題週刊誌「SISAIN」が4月30日の様子を写した5月14日付の記事より、©イ・ニョンニク/이명익記者)









古いたたずまいのお店に、食べ物屋に並ぶのが嫌いと俗に言われる韓国人が長蛇の列をなしている光景。
平壌冷麺が瞬時に「平和」と「南北和解」を象徴する食べ物となった様子を雄弁に物語ってくれています。

ただ実は、その前までは冷麺と言えば「咸興(ハムン)冷麺」系が主流。
お店の数も、平壌冷麺専門店のほうが冷麺店全体から見れば少ないのです。
実は意外に参入障壁が高く、平壌出身者や平壌出身者の子孫、創業者の弟子、という肩書がないとなかなか世間が認めないのが「平壌冷麺」の世界。
そして私達が食べ慣れているこしのある麺を特徴とした、日本の焼肉屋さんなどでも一般的に提供されているものは、麺の原料から分類するなら「咸興冷麺系」と言えるでしょう。


昨今俄然注目を浴びている「平壌冷麺」。
初めての冷麺ガイドブックともいうべき、グルメ評論家イ・ヨンジェさん(이용재)による『冷麺の品格(原題:냉면의 품격)』も先月出版されています。
それほど今、まさに平壌冷麺が、アツイんです。









とはいえ、「冷麺に種類があったの?」と思われた方もきっといらっしゃいますよね。
両者の間に一体どんな違いがあるのか、見ていこうと思います。

「平壌冷麺」にしても「咸興冷麺」にしても、頭に地名が付いています。
咸興は平壌よりも北の地域にある咸境南道にあります。
いずれも北側の地名が付いていることから察せられるとおり、冷麺は北朝鮮出身者たちが広めた食べ物。
朝鮮戦争の時に南側に避難し、そのまま分断が固着してしまい故郷に帰れなくなった人のことを韓国では「失郷民(실향민、シリャンミン)と呼びますが、その失郷民たちが2代目、3代目と引き継いでいるのが冷麺専門店です。

その平壌冷麺、実は意外に歴史が古く、高麗時代中期に由来すると書いている文献があるそうですが、初めて文献に登場したのは1643年。『渓谷集』という書物の中に学者張維(チャン・ユ)の冷麺について謡った詩が残されています。
18世紀には茶山・丁若鏞(チョン・ヤギョン)が同僚官吏の黄海道赴任に際し、冬場に冷麺が食べられて羨ましいとする内容の詩を残しています。

ここで「冬場」とされているように、この地域一帯で「クッス(국수、麺、蕎麦の意)」と呼ばれて食されていた食べ物は、蕎麦粉を原料にしています。
蕎麦の実は秋から冬にかけて収穫されるので、それでこの地域の冬の味覚になったそうです。
トンチミという冬場ならではの汁の多いキムチ(大根や白菜のキムチ)の中に蕎麦と茹でた豚肉を入れて食べたという記述が、1849年に記された『東国歳時記(동국세시기)』という書物の中に残されています。

寒い冬、凍りながら熟成していくトンチミの中に、茹でた蕎麦の麺を入れて食べていたことから、冷蔵庫などがない時代、冬ならではの、冬にしか食べられないお料理だったんですね。

現地の人々のこの食べ物に地名を付けたのは、朝鮮王朝後期の都の人たち。
この頃には既に平壌冷麺は都で大衆化していたそうです。
その平壌冷麺がさらに多くの人に食べられるようになったのは、実は日本の植民地下の頃でした。
調味料「味の素」が朝鮮半島に入ってきたことで、季節を問わず簡単にスープを作れるようになったこと、冷蔵庫が入ってきたことが平壌冷麺のさらなる大衆化に拍車をかけたそうです。

こうして大衆的な人気を既に確立していた平壌冷麺。
朝鮮戦争のさなか南側に避難し、そのまま故郷に帰れなくなった平壌近郊出身者でなおかつ平壌冷麺店を営んでいた人たちが平壌冷麺で生計を立てる一方、同じく北側の咸境道出身の人たちは、平壌冷麺に参入するわけにもいかず、生活基盤を持てずに非常に困窮していたそうです。

そこで、既に知名度もあり人気メニューでもあった平壌冷麺の名にあやかり、自ら「咸興冷麺」と命名し、入手しやすいジャガイモ(でんぷん)を主原料に麺料理を開発した、咸境道出身の人たち。
この地域では本来は麺にジャガイモ、ライ麦、カラスムギを混ぜ、海産物を乗せて食べていたそうですが、南では彼らの手に入らない食材が多く、また人気の平壌冷麺と差別化されたものを提供しなければ成功できなかったため、トンチミの代わりに肉の味のスープ、コシのある麺、そしてなにより、辛く和えてある白身魚のお刺身を乗せることに。
狙いは当たり、韓国式にローカライズされたこの冷麺が、年々辛くてしょっぱい味を好むようになる人々に、より多く食されていったという経緯があるそうです。

また、トンチミは本来冬のキムチなので、トンチミを使う平壌冷麺屋で大腸菌が検出されるなど、幾度となく衛生問題が取りざたされるようにもなり、70年代末から80年代初旬には多くの店が店じまいしたり、中には「新興」の咸興冷麺に鞍替えした人もいたのだとか。

私たちが最も多く食べる機会がある「冷麺」と「ピビン麺」は、麺に蕎麦粉が入らないところから咸興冷麺系列ではありながら、そこからさらに「お刺身の入っていない、焼き肉屋がサービスで出すバージョン」、ということにどうもなるらしく、むむむ!
なんだかちょっと悔しいですね。(笑)


もともと冷たいスープで食べる麺類は北朝鮮の郷土料理、温かいスープで食べるのは韓国の郷土料理と、南北で麺類にも違いがあり、北側にはいわゆる「ピビン麺」というものがなかったのですが、辛くて塩辛い味を好む韓国南部から上京してきた人が多く住むソウルの人たちの好みに合わせ、ピビン麺が誕生したそう。
冷麺の本場にはピビン麺はなく、ソウルで発展したある意味「韓国料理」なのは、面白いですよね。
でも確かに、北側ではキムチも韓国のように赤くないんです。


というわけで、平壌冷麺の写真をば。

こちらは2017年1月11日に放送されたtvNの『水曜美食会』で紹介された、平壌冷麺の老舗の一つ、忠武路駅が最寄り駅となる「ピルトンミョオク/필동면옥」の「水冷麺」。










こちらは東大門からほど近い場所にある『平壌麺屋/ピョンヤンミョノク』の「水冷麺」と「ピビン麺」。
写真出典は『平壌麺屋』のウェブサイトより。














マニアックな情報で言いますと、老舗の平壌冷麺人気店は大きく二つの派に分かれており、それぞれが子どもや孫たちにのれん分けしているのですが、そのうちの一つが「議政府(ウィジョンブ)派」、もう一つが「奨忠洞(チャンチュンドン)派」と呼ばれます。
創業者、創業第1号店などそれぞれゆかりのある地名を表しています。
この二つの派はそれぞれ味の傾向が異なるそうで、最初の写真でご紹介したのが議政府派、ふたつ目の写真で紹介したお店が奨忠洞派。

勿論他にもお店はあり、最も古い1946年創業のお店としては乙支路4街を最寄りとする「又来屋(ウレオク)」があり、そのだいぶあと、議政府派、奨忠洞派系列のお店は1970~80年代に創業しています。




(【写真追加】又来屋(ウレオク))



先ほども書いた通り、平壌冷麺店にはトンチミの大腸菌による受難の時期があり、多くのお店が廃業したそうで、ご紹介した平壌冷麺専門店は、厳しい状況で生き残ったお店たち、とも言えそうです。

さて、新興ながら「No.1冷麺」の位置を取って代わった咸興冷麺についてですが、こちらは乙支路4街と東大門の間にある五壮洞(오장동/オジャンドン)が代表的なお店が3店ずらりと並ぶ、いわば咸興冷麺ストリートが有名。

ここはどのお店もいつも混んでいるのですが、中でも一番創業が古く、最もお客さんが多いのが「興南(フンナム)チプ/흥남집」です。創業者のおばあさんの似顔絵が看板に描かれています。

そして、その次に古いお店が「五壮洞咸興冷麺(オジャンドンハムンネンミョン)/오장동함흥냉면」、創業が一番新しいのが、その隣にある「新昌麺屋(シンチャンミョンオク)/신창면옥」。










(【写真追加】上から「興南(フンナム)チプ」)、「五壮洞咸興冷麺(オジャンドンハムンネンミョン)」、「新昌麺屋(シンチャンミョンオク)」




メニューは「水冷麺」、咸興冷麺の象徴である辛く味付けされたエイやカレイの刺身を乗せた「フェ(刺身の意)冷麺」が共通です。


こちらは一番の老舗、「興南(フンナム)チプ」の「フェ冷麺」。










実はこのストリートの近くに、先ほどご紹介した平壌冷麺の名店「平壌麺屋」があったりします。

この辺にホテルを取って滞在される方も多いと思うので、一度どちらも制覇されてみるのも楽しいと思います。

ええ、実は私が制覇したクチです。(笑)


平壌冷麺の特徴は蕎麦粉を使うことと書きましたが(100%では勿論ありません)、他には、とても味が薄いです!
びっくりするくらい、薄いです!
中でも、この東大門駅にほど近い「平壌麺屋」は、よく言えば優しい味、悪く言えば全く味がしません!(笑)
麺の歯ごたえも、弾力のあるでんぷんを使った咸興冷麺系こそが冷麺だと思ってきた人たちには本当に頼りなく「一体何が美味しいの???」の状態に陥ること、請け合い。
周りの人も、全員そんな雰囲気で食べているので、自分だけではないと安心できます。(笑)


一方咸興冷麺ストリートに移ると、やはり一番食べるべきであろうフェ冷麺が、今度は辛すぎる!
もっとも混んでいる、創業者の似顔絵が看板になっている「フンナムチプ」がそれでも一番「優しい味」ではありますが、正直辛さは似たようなものです。

通の間では、「興南チプ」「咸興冷麺」「新昌麺屋」の順で美味しさの順位がつけられがちな3者なのですが、私の個人的順位はこの逆でした。(笑)

特に、「新昌麺屋」はユクスと呼ばれる温かいスープの味がしっかり目の牛骨スープでとてもおいしく、フェ冷麺には甲乙つけがたくても、ユクスはここが一番でした。(笑)
冷麺店のユクスは日本でいえばお蕎麦屋さんの「そば湯」で、冷麺が提供されるのを待ちながら飲むのが一般的。基本、お代わり自由です。
私同様、ユクスが気に入ってここに通う方も多いようです。
ちなみに看板に片仮名で「シンチャンミョンオク」と書いてあり、メニューも日本語になってました。お店も広くて綺麗で一番お客様が少ないので、日本の方には入りやすいと思います。


ここまでが、平壌地域の郷土料理だった平壌冷麺と、平壌冷麺にあやかって咸鏡道出身の失郷民たちが独自に開発した咸興冷麺についての説明でした。

最後に、本場平壌における平壌冷麺の名店、「玉流館」の冷麺について。


「玉流館」の冷麺は「チェンバンクッス」と呼ばれる冷麺が代表メニューで、韓国にはない平べったいお椀に盛られて出てきます。
チェンバンは食べ物を運んだりするのに使うお盆の意味です。

1998年に北朝鮮から韓国にやってきた玉流館での修行経験がある料理人で、現在は2015年から「トンムパプサン/동무밥상(友達の食卓の意)」という大人気平壌冷麺店をソウルに構えているユン・ジョンチョルさんは、韓国にはないその独特の形をした器をわざわざ型から作らせたそう。
ただ、玉流館にはよく見かけるタイプの水冷麺もあり、味がどう違うのかは私は把握できておりません。


こちらは映像を貼っておきます。
出典はyou tubeのKBS Newsより、4月に北朝鮮を訪問した歌手たちのお食事風景。
食べているのはチェンバンではなく、普通の器に入った「水冷麺」のようです。










先ほどのユンさんいわく、スープが茶色がかっているのはお醤油が入っているからで、麺の色が黒いのは、恐らく消化を助けるためにベーキングソーダが使われているためであろうとのこと。


ペク・チヨンさんが冷麺を食べる際に、お店の従業員から美味しい食べ方を教わる場面も放送で流れたのですが、それによると、玉流館ではお酢は冷麺の麺の上にかけて食べるもの、なのだそうです。
辛い物が好きな人は辛い薬味を、そしてからしを忘れずに、と指南されていました。

ところがユンさんいわく、「平壌に行ったことのあるお客さんたちがお店で通ぶって冷麺の麺の上にお酢をかけているのだけど、お酢の味が根本的に違うから美味しくないのに」とのことなんですよね。
なんと!(笑)
からしも年配の人はたくさん入れるけど、入れないほうが最後までスープを楽しめるそうですが。

なるほど確かに、一口で「お酢」や「お醤油」と言っても、味が違うのは当然あり得ることですよね。

本場とは似て非なる発展を遂げた韓国の「平壌冷麺文化」を前に、「一つの民族ではあるけど長いこと分かれていたので、食文化がだいぶ異なる。それがとても残念」とユンさん。「私たちが分かれなければ、一緒に発展させていくことができたのに」と語っていました。

冷麺は実は、南北分断を象徴する食べ物だったんですよね。
だからこそ、南北が和解に向かおうとする大事な場面の晩餐で、韓国側がお願いして持ってきてもらったのが玉流館の冷麺でもあったと。


聯合ニュースのインタビューに答えるユンさんの様子も合わせてご紹介します。












別のインタビューでは、「韓国の人たちが冷麺をはさみで切っているのを見て、衝撃を受けた」と語っていたユンさん。
実は本場では、麺は長いことに意味があって、絶対に切ったりしないそうなんです。

そう。
ピンと来られたと思いますが、長い麺は長寿を意味しているのです。

それを1度ならず2度3度とハサミを入れて食べている私って・・・・・・。(笑)

他にも、ユンさんいわく、玉流館の冷麺のスープは絶対に凍らせずに提供するのが鉄則なのだそうです。
グルテンを含まない蕎麦粉は、冷たすぎても暑すぎても歯ごたえが悪くなるためなのだとか。
勿論玉流館の麺も、蕎麦粉100%ではなく、4:6の割合で蕎麦粉とジャガイモのでんぷんが入っているのだそう。


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辛くてしょっぱい刺激的な味を好む韓国の人々に訪れた、南北首脳会談を契機とした「平壌冷麺」ブーム。
繰り返しますが、食べ物屋に並ぶのをあれほど嫌う韓国人たちが、待たされるのを覚悟で行き、店の賑わいを見て嬉しくすらなっていたりします。
南北の平和を願い、象徴する食べ物になったからなんですよね。

よく言えば「優しい味」、悪く言えば「味がしない」平壌冷麺ですが、老舗と新興の平壌冷麺店をずらりと並べ、糖度や塩分を数値化する意欲的な「平壌冷麺ガイド」を京郷(キョンヒャン)新聞が昨日1枚の画像にして発表してくれたので、最後にそれを貼っておきます。

画像はクリックを数回すれば拡大する仕様にしてあります。
韓国語で大変恐縮ですが、濃い味、甘い味の数値を見ながら自分好みの平壌冷麺店を見つけるのも、楽しい遊びになりそうです。

みなさま、くれぐれも夏バテにお気をつけて。