みなさま、こんにちは。

4月になり、気持ちも新たになる今日この頃。
この週末はお花見に出かけられた方も多いと思います。
東北地方や北海道にお住まいのみなさまにも、桜が満開になる暖かい春が早く訪れるといいですね。

さて、今日も『六龍が飛ぶ』。
ピョン・ヨハンさんが歌う『青山別曲/チョンサンピョルゴク』を取り上げます。


つい先日の3月30日に『六龍が飛ぶ』のOSTパート8として満を持して発売された『青山別曲』。
ドラマの中でピョン・ヨハンさん演じるタンセが物悲しく歌う歌として、ドラマ序盤から注目されていた曲ですよね。



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ドラマのほうは2週間前にとうとう終わってしまったのですが、視聴者の心はなかなかタンセから離れず。私の頭の中でもこの歌がまだひっきりなしに流れています。


『青山別曲』は作者および年代は未詳ながら、歌詞や曲調の形式などが朝鮮初期のものとは異なることから高麗時代の歌謡であると推定されています。
朝鮮初期の歌のドライさに対し、この歌は生活者の感情をよく表しているとのこと。

内容としては、とある若者が俗世間を離れ、青山や海辺を彷徨い歩きながら自らの悲哀について歌ったもの。
歌についての詳細な記録が残されていないことから、歌の「話者」について様々な解釈が存在しています。
「青山で山葡萄などを食べながら暮らさなければならない、流浪の民の悲哀を歌ったもの」、「一揆に参加した農民、漁民、奴隷、大道芸人いずれかについての歌」、「悩みを解消しようと青山に行き、奇跡と安らぎを求めながら人生をあくまでも探求するインテリの酒の歌」などの解釈があるそうですが、いずれの解釈も時代的に外乱内憂の状況が長らく続いたこととも符合していますよね。
「失恋して青山にこもった男の歌だ」、「苦しい時代を生きなければならなかった女性の閉塞感と孤独を歌った歌だ」との説もあるそうです。

いずれの解釈にも頷けるところがあり、まさにドラマの中でタンセやカップニが歌うのにぴったりという感じがします。
「大道芸人(正確には광대ですが)」という解釈が出てくるのは、歌詞の中に「鹿が舞台の上でヘグム(奚琴/弦楽器)を奏でるのを聞いた」というくだりがあり、この鹿が「鹿の被り物」を指しているためだそう。「鹿の被り物をした大道芸人が登場するから」、ということなのでしょうね。
このあたりも講談師/講唱師をしていたタンセと被ります。

「青山」については、俗世の苦痛と苦悩から逃れられる特別な空間として意味づけされており、歌詞にある「耕された平原の畑」=「俗世」との対比にもなっています。

「耕された平原の畑」なども、すぐにプニが浮かんできますよね。プニは奪われながらもずっと土地を耕し続けてきました。

つらい俗世で懸命に土地を開墾し続けるプニと、その俗世すら追われ、流浪するしかなかったタンセ。
歌詞を全編に渡ってみてみると、まさにタンセが最後、どこにもない青山を求めて彷徨っている様を歌った歌に思えてきます。


以下、少し長いですが『六龍が飛ぶ』で使われた歌のもとになっている『青山別曲』を記してみます。
現在の言葉遣いとは異なるため、( )内に現代韓国語訳を記しておきます。



살어리 살어리랏다. 쳥산애 살어리랏다.
(살겠노라 살겠노라. 청산에서 살겠노라.)
멀위랑 다래랑 먹고, 쳥산애 살어리랏다.
(머루랑 다래랑 먹고 청산에서 살겠노라.)
얄리얄리 얄랑셩 얄라리 얄라.

우러라 우러라 새여, 자고 니러 우러라 새여.
(우는구나, 우는구나, 새여. 자고 일어나서 우는구나, 새여.)
널라와 시름 한 나도 자고 니러 우니노라.
(너보다 시름 많은 나도 자고 일어나 울며 지낸다.)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.

가던 새 가던 새 본다. 믈 아래 가던 새 본다.
(경작하던 밭을 바라본다. 평원 지대에서 경작하던 밭을 바라본다.)
잉무든 장글란 가지고, 믈 아래 가던 새 본다.
(이끼가 묻은 쟁기를 가지고 평원 지대에서 경작하던 밭을 바라본다.)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.

이링공 뎌링공 하야 나즈란 디내와손뎌.
(이럭저럭 하여 낮은 지내 왔건만)
오리도 가리도 업슨 바므란 또 엇디 호리라.
(올 사람도 갈 사람도 없는 밤은 또 어떻게 지낼까?)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.

어듸라 더디던 돌코, 누리라 마치던 돌코.
(어디다 던지던 돌인가? 누구를 맞히려던 돌인가?)
믜리도 괴리도 업시 마자셔 우니노라.
(미워할 사람도 사랑할 사람도 없는데 돌에 맞아서 울고 있노라.)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.

살어리 살어리랏다. 바라래 살어리랏다.
(살겠노라 살겠노라. 바다에서 살겠노라.)
나마자기 구조개랑 먹고 바라래 살어리랏다.
(나문재랑 굴조개랑 먹고 바다에서 살겠노라.)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.

가다가 가다가 드로라, 에졍지 가다가 드로라.
(가다가 가다가 듣노라. 외딴 부엌을 지나다가 듣노라.)
사사미 짐대예 올아셔 奚琴(해금)을 혀거를 드로라.
(사슴이 장대에 올라가서 해금을 켜는 것을 듣노라.)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.

가다니 배 브른 도긔 설진 강수를 비조라.
(가다 보니 불룩한 술독에 진한 강술을 빚는구나.)
조롱곳 누로기 매와 잡사와니, 내 엇디하리잇고.
(조롱박꽃 모양의 누룩 냄새가 강렬해서 나를 붙잡는데 난들 어찌하리오.)
얄리얄리 얄라셩 얄라리 얄라.



生きたいものだ 生きたいものだ 青山で生きたいものだ
山葡萄や猿梨を食べながら 青山で生きたいものだ
リヤリヤラション ヤラリヤ

鳴いているのだな 鳥よ 眠りから覚めて泣いているのだな
お前より悩みの多い私も 目が覚めてずっと泣いているよ
リヤリヤラション ヤラリヤ

耕した畑を眺めている 平原の耕した畑を眺めている
苔の生えた鋤(すき)をもち 平原の耕した畑を眺めている
リヤリヤラション ヤラリヤ

どうにかこうにか昼間はやり過ごしたものの
訪ねてくる人も会いにいく人もいない夜はどうやって過ごそうか
リヤリヤラション ヤラリヤ

どこに投げた石だろう 誰に当てようとした石だろう
憎い人も愛しい人もいないのに 石を当てられ泣いている
リヤリヤラション ヤラリヤ

生きたいものだ 生きたいものだ 海で生きたいものだ
松菜や牡蠣を食べながら 海で生きたいものだ
リヤリヤラション ヤラリヤ

道すがらに聞いたのだ 打ち捨てられた台所のそばで聞いたのだ
鹿が舞台の上でヘグム(奚琴)を奏でるのを聞いたのだ
リヤリヤラション ヤラリヤ

道を歩いていると 大きな瓶で酒を醸していた
ひょうたんの花模様をした麹の香りが強く引き止めるものを
私にどうしろというのか
リヤリヤラション ヤラリヤ



‘가던 새 가던 새 본다/耕された平原の畑を眺めている’とした部分については他にもいくつかの解釈があり、この部分を‘날아가는 새/飛んでいった鳥(=去ってしまったあなた)’と解するものも有力ですが、そのあとに続く単語との整合性の兼ね合いから‘가던 새’を‘갈던 사래’(耕作した畑)とみなした解釈をここでは採用しています。


『六龍が飛ぶ』で使われた『青山別曲』は、元の歌詞を現代的に改編し、曲を新たにつけたものです。(追記で情報を訂正・追加しています)
他の民謡歌手が歌っている『青山別曲』も聞いてみましたが、まったく曲調が異なり、思いっきり朝鮮民謡でした。しかもなぜか明るいっていう。


(*追記*)

『六龍が飛ぶ』の『青山別曲』のメロディーは、もともとあった曲を採用したもので、1977年の第1回大学歌謡祭で銀賞を受賞したイ・ミョンウさんの“가시리/カシリ”という曲をアレンジしたものです。



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「カシリ」は「青山別曲」と同じく年代・作者ともに未詳の高麗時代の歌で、歌詞は愛する人との別れに対する嘆きの情をぶつけたものですが、イ・ミョンウさんは本来の「カシリ」に「青山別曲」の歌詞を一部混ぜて歌を作りました。

こちらがイ・ミョンウさんの歌った「カシリ」。









イ・ミョンウさんの「カシリ」自体にも原曲があり、イスラエル民謡の「夜に咲くバラ」のメロディーを採用しています。

こちらが元となったイスラエル民謡の「夜に咲くバラ」。







聞くと、完全にタンセの歌のカバーのようですが、まごうことなき本家はこちらです。(笑)

どちらも公式のものではないので、リンク切れの際はご了承ください。

(*追記ここまで*)



もともとこの『青山別曲』はとても暗いどんよりした歌詞と、その暗さに不似合いな明るい韻を踏んだリピート部分「ヤリヤリヤラション ヤラリヤラ」の対比が特徴とされています。

暗い内容を無理矢理明るく歌ってる感じの、切なさ倍増な歌だったのかなと想像させるのですが、そう考えるとまさにヒット曲のセオリーどおりですよね。
暗い歌詞を明るい曲調に乗せたものって、テッパンに受ける気がします。
すごいぞ、高麗時代の『青山別曲』。(笑)

「六龍」では暗い歌詞を引き立てる物悲しい曲をつけていますが、これはこれでストレートに悲しめて良いです。ええ、勿論。


というわけで、いよいよお聞きいただきましょう。

こちらがピョン・ヨハンさんが歌う『青山別曲』です。

動画はSBSのyou tube公式チャンネルのものです。
(リンク切れになったため差し替えました。こちらは公式のものではないのでリンク切れの際はご了承ください)




청산별곡

살어리 살어리 랏다
청산에 살어리 랏다
멀위랑 다래랑 먹고
청산에 살어리 랏다

울어라 울어라 새야
자고 일어나 울어라 새야
너보다 시름 많은 나도
일어나 우는구나

얄리얄리얄라셩 얄라리 얄라
얄리얄리얄라셩 얄라리 얄라

누구에게 던지던 돌이냐
누구를 맞히려던 돌이냐
미운 이도 고운 이도 없이
맞아서 죽는구나

얄리얄리얄라셩 얄라리 얄라
얄리얄리얄라셩 얄라리 얄라



青山別曲 

生きたいものだ 生きたいものだ
青山で生きたいものだ
山葡萄や猿梨を食べながら
青山で生きたいものだ

鳴けよ 鳴け 鳥よ
眠りから目覚めて鳴け 鳥よ
お前より憂いの深いわたしも
目覚めたあと 泣いて過ごしている

リヤリヤラション ヤラリヤ
リヤリヤラション ヤラリヤ

誰に投げつけた石なのか
誰にぶつけようとした石なのか
憎む人も愛する人もいないのに
石に打たれて死ぬのだな

リヤリヤラション ヤラリヤ
リヤリヤラション ヤラリヤ


サロリ サロリ ラッタ
チョンサネ サロリ ラッタ
ウィラン タレラン モッコ
チョンサネ サロリ ラッタ

ウロラ ウロラ セヤ
チャゴ イロナ ウロラ セヤ
ノポダ シル マヌン ナド
イロナ ウヌングナ

リヤリヤラション ヤラリヤ
リヤリヤラション ヤラリヤ

ヌグエゲ トンジドン トリニャ
ヌグル マッチリョドン トリニャ
ミウニド コウニド オ
マジャソ チュンヌングナ

リヤリヤラション ヤラリヤ
リヤリヤラション ヤラリヤ



・・・・・・悲しすぎる。

最後に「石に打たれて‘死ぬ’」と持ってくるのは、反則ですよね。

「鳴けよ 鳴け 鳥よ/眠りから目覚めて鳴け 鳥よ」と訳した部分は、先に記した『青山別曲』の解釈にもあるとおり、本来は「鳴いているのだな鳥よ 眠りから覚めて鳴いているのだな」とすべきところなのですが、歌詞の言い回しが一部現代韓国語になっているのでどちらを意図しているのか分からないため、タンセバージョンでは鳥の部分を現代語の命令形とみなして訳しました。



もうひとつ。

こちらは公式のものではないのですが、カップニとタンセが歌う短いバージョンも載せておきます。

公式のものではないので、リンク切れになるかもしれません。









カップニと歌うバージョンも切ないですよね。


そしてもう一つ。

こちらは第11話から、『青山別曲』を歌うタンセを抜粋したシーンの公式動画です。








ヤバーイ。

いよいよがなじい。(涙)

このシーンはきますね。
ドラマの中でタンセが歌うシーンとして代表的なものですが、歌詞の意味を踏まえて聞くとかなりずっしりきます。


どうせなので、もうひとつ。

上記の11話のシーンをさらに加工した、ファンの方(推定)作成の動画。
最後がぶっつり切れないところに、ファンの愛、感じます。(笑)










動いてないのに、やっぱり悲しい。

っていうかさらに悲しい。

なんだ、これは。

しかしタンセはカッコイイですよね、静止画でも。(笑)


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ドラマを視聴していた時も気づけばこの歌を口ずさんでいたものですが、なかなか中毒性がありますよね。
タンセの悲しみを十二分に表していたこの歌ですが、もとの歌詞を知ると、高麗末期の乱世を背景に、他の登場人物たちのみならず実際の当時の人々の悲しみをも背負った曲だったことがわかり、ただでさえ物悲しいこの歌がさらにずしりと響きます。

ドラマは終わっても、まだしばらくはこの歌が頭をめぐりそうです。