13 2016年3月
みなさま、こんにちは。
いよいよ残すところあと4話となりました。
ああ、なんという長丁場だったんでしょう、『六龍が飛ぶ』。
永遠に終わりがこない気がしていましたが、秋が過ぎ、冬も過ぎ、もう春です。季節を三つもまたぐなんて。(笑)
今回は45話と46話をハイライト的にまとめます。
45話の主なストーリーは、バンウォンが王世子である弟と、いまや政敵となってしまった憧れの人チョン・ドジョンを殺すべきか生かすべきかについて悩み、揺れる姿を描いています。
チョン・ドジョンを政治的に窮地に陥れるために明の力を借りた自分について果てしなく恥じているバンウォン。
バンウォンはそれまで自分がとってきた、安辺策に勝手に父の印を押したり、チョン・モンジュを殺したことなどについては、自分としても堂々とした気持ちで行ってきていたのですが、明にチョン・ドジョンを排除してもらおうとして力を借りた自分に引き換え、堂々と自分の力で逆襲してきたチョン・ドジョンにすっかり感服してしまっていたのでした。
まるで親分に告げ口する子どものように卑怯な真似をしたと苦しむバンウォン。
かたや窮地に陥らされながらも、遼東に実際に攻め入ることで長年の夢である領土問題を安定させ、なおかつ王子たちが率いる私兵もいやおうなく解体させられる道を導き出したチョン・ドジョン。
その圧倒的な底力の差に打ちひしがれながらも、ムヒュルにすらその苦しみを打ち明けられないバンウォンでした。
一方チョン・ドジョンは、王イ・ソンゲの了承を得ていよいよ“遼東征伐”を始めることになり、喜び勇みながらも身を引き締め。
自分のことを「希望だ」と言ってくれるヨニに、バンジと結婚して欲しいと思っていることを伝えます。
チョン・ドジョンは建国以来、きな臭くなる一方の政治の世界ではなく、ヨニには本来の民としての居場所に戻って自分のために幸せに生きて欲しいとかねてより願っていたのでした。
突然の「結婚しろ」の言葉に戸惑いながらもまんざらでもなさそうな二人です。
以下、動画でご覧下さい。
ヨニとバンジのことを家族のように思っているのに、政治にかまけて結婚の世話もしてあげられなかったとチョン・ドジョン。「だから、ヨニを結婚させようと思うが、どう思う?」とバンジに尋ねます。「それは・・・・・・」と言葉を濁すバンジに「お前とだよ」と笑うシーンです。
やめてくれますか、ここにきての幸せっぽいヒトコマ。
どうせ幸せの後に悲しみの底に視聴者を突き落とすんでしょ。(疑)
新たに組織される中央軍の軍事訓練をボイコットしたため、王の逆鱗に触れ流刑に処されそうになる王子たち。
ところがチョン・ドジョンは流刑を解くかわりに王子全員に王の前で中央軍への忠誠を誓わされ、実質的な武装解除をしようとします。
バンウォンらが呼び出されたことに嫌な予感がしたバンウォンの妻ミン・ダギョンは、ヨンギュに命じて武器をすべて移動させようとします。
ミン・ダギョンの予感どおり、バンウォンたちがいない隙を縫って家にある全ての武器を取り上げていくチョン・ドジョン側。
ミン・ダギョンはヨンギュが無事武器を移動できるよう祈っているのですが、そこで起きてしまうんですよね、危惧していたことが。
武器庫に確認しにきていたヨンギュ。
そこへやっぱりやってきてしまったんです、高麗王ワン・ヨの息子が。
ヨンギュは一旦は刀を抜こうとしますが、子どもなので斬ることができず、逃がそうとします。
ところがそこへ子どもを捜しに来たチョク・サグァンが入ってきてしまい・・・・・・。
王の子どもが斬られそうになっていると早合点したチョク・サグァンは、子どもに近づくのを止めようとするヨンギュに対抗すべく素早い動きで刀を取って闘いに。子どもが巻き添えになって斬られてしまった為に、怒ったチョク・サグァンはヨンギュを倒してしまったのでした。
あーー。
中から鍵をかけられなかったんでしょうか。
こんなことになるなんて・・・・・・。(悲)
息も絶え絶えなヨンギュを発見したムヒュル。
最後まで武器庫を案じながら死んでしまったヨンギュ。
ヨンギュの遺体と対面し、慟哭するバンウォン。
こうして、闘いの前にヨンギュを失ってしまったバンウォンは泣きながらムヒュルに告げます。
弟とチョン・ドジョンを殺すと。
自分が本当にあの二人を殺せるか見極めようとしていたが、やはり殺さなければならないというバンウォンで45話は終わり。
続く46話でバンウォンは、ヨンギュの供養のために集まるゆかりある人たちとともに、供養を装い反逆のための密談を重ねることにします。
一方ムヒュルは、バンウォンの決意など何も知らずヨンギュの葬儀に訪れているバンジに、申し訳ない気持ちを隠せません。
「バンジと闘うことになるのかな。俺が負けるんだろうか」と心で呟いているムヒュル。
誰にやられたのかと尋ねるバンジにチョク・サグァンのようだと答えるムヒュルです。
そのチョク・サグァンは息絶えてしまった子どもの亡骸を埋め、密かに自ら死を選んでいました。
チョク・サグァンの兄を偽装していた高麗の王族が、名前を玉(オク)と偽って班村に入り込んでいたことがばれてしまい、残されたもう一人の子どもとともに捕らえられてしまっていたのでした。
全てを失い、ワン・ヨにもとに旅立とうとするチョク・サグァンです。
一方バンウォンは、ヨンギュが死んだ場所に武器があるのを見てしまったというプニに、それは自分の武器庫であること、告発してもプニたち班村の人たちも一味との疑いから免れないこと、もしもの日がきたらプニは自分の側の人々を守るために賢明な判断を下して欲しいとお願いします。
プニを巻き込まないという誓いが守られなかったことを、内心詫びているバンウォンです。
チョン・ドジョンもヨンギュの葬儀に訪れバンウォンにお悔やみの言葉を述べるのですが、その時ヨニが明の王が死んだことを伝えにきます。まったく同じことを同時にチョンニョン和尚も伝えにきていたため、双方これで本格的に“遼東征伐”が始まるのだと悟り。
おりしも訪ねて来たハリュンに、出兵前にチョン・ドジョンとナム・ウン、シム・ヒョセンを殺すと宣言するバンウォン。主要官僚3人を殺したあと、宮殿にいって王世子を引きずり出すと伝え。
ハリュンは到底軍を引き連れて宮殿に入ることなど不可能だと反対し、バンウォンはそこを考えるのがあなたの仕事だろうと一喝。
このシーン、嫌な場面が含まれてましたよねぇ。
チョ・マルセンとイ・シンジョクが「あれが三峯先生の女ですか?」「そうだ」なんて会話を交わしてたりして。
あー、もうやだ。(泣)
ハリュンは京畿道の郡主たちが順繰りに王妃の墓守を担当していることに着目。その中にはハリュンの手下の者である安山郡主のイ・スクポンが含まれていました。
亡き王妃の墓を守るために上京する際、合法的に500人の兵を率いてくることが可能なイ・スクポン。自分たちの私兵は召し上げられたものの、この500人で反乱を起こすのが、唯一の方法だとバンウォンに伝えます。
ところが出撃の日取りは8月20日。
イ・スクポンが上京するのは8月26日。
イ・スクポンは出兵に間に合いません。
これで万事休すかと思われたのですが、実は戦に帯同する予定の王が具合が悪く。それでもどうしても行くというので、チョ・ジュンの進言で出撃が一週間のばされることになります。
こうしてバンウォンたちは出兵の前夜、チョン・ドジョン一派を討つことに決め。
ちなみにチョ・ジュンですが、例え明を遼東地域から追い出せても経済的な側面からその後の維持がきわめて難しいとしてチョン・ドジョンと王に対し再三“遼東征伐”反対を表明していたのですが、チョン・ドジョンはチョ・ジュンとは違う観点で勝算を導き出しており、話は平行線のままでした。結局出撃が決まると、チョ・ジュンは反対を貫き官職を降ります。
一方ムヒュルは、イ・バンジは罠にはめてチョン・ドジョンから離れるように仕向けることになったため、バンジと戦わずにすむことに安堵していました。
出陣の前日、ムヒュルのおばあさんはムヒュルに渡したものと同じ木のお守りをバンジに渡します。それを見ていたムヒュル。
バンジのことも身内同然に思っているムヒュルのおばあちゃんに、視聴者もウルウル。
そしてある意味私的には46話のハイライト。
班村にやってきたチョン・ドジョンがプニに良くやってくれていると褒めながら、こんな会話を交わすんです。
チョン・ドジョン:結局、この問題だけは解けなかった。
プニ:はい?
チョン・ドジョン:国家を構想し、悩んできたものの、百姓との疎通・・・。それをどうしたらいいのかは、解決できなかった。
プニ:あの・・・。本当に百姓が根本となるのですか? 申し訳ありません。偶然チョンリュン岩に行っていたのです。
チョン・ドジョン:政治を行おうとする士大夫の心は、ひとえに百姓こそが根本であらねばならぬと話をしたのだ。だが、百姓がこの世の根本となり中心となる日は、まだまだ先の話だろう。
プニ:なぜですか?
チョン・ドジョン:百姓は生産を担っているからだ。百姓には時間も余裕もない。覚醒しているにはあまりにも忙しすぎるのだ。勿論、百姓の幾人かは文字を解す。だが、全ての百姓がそうなるのは、到底不可能なことなのだ。
プニ:ずっとお考えになり、悩み続けられれば、その問題もきっと解決されるでしょう。
いやー、ほんとにね。
また唸りました。このドラマを見ていると急に現実が頭に浮かんでくる瞬間があるのですが、今回はここ。
いやほんとに、韓国は選挙が近いのですが、このところ気がかりなことがドッと出てきて落ち着きません。(笑)
でも、今の時代にも若いプニ隊長はそこかしこにいるので。それが希望ですよね。
と言い聞かせ。(笑)
プニはその後タンセにも会い、出兵前の今夜を無事やり過ごして欲しい一心で、どんなに遅くなってもいいから夜はこっちに泊まって欲しいと頼みます。
バンウォンたちの企みを知らないバンジは、プニにそうすると約束。
ムヒュルと師匠ホン・デホンは夜の決戦に備えて武器庫の武器を運び出そうとするのですが、そこへムヒュルのおばあちゃんがやってきてしまい、武器を隠していることがばれてしまいます。
おばあちゃんはバンウォンが今晩チョン・ドジョンを討とうとしていることを聞かされ、泣き崩れますが、ムヒュルの無事を思う一心で結局武器の移動に手を貸します。
一方チョン・ドジョンとの最後の会議を終えたヨニは。
外で待っているタンセに近づくと、ある包みを渡します。
戦闘員としてではないもののチョン・ドジョンの護衛として戦に同行するタンセ。そんなタンセが戦の場で少しでも傷つかないようにと願って縫った服を渡したのでした。
かつてもタンセに服を縫ってくれたヨニ。
幸せに満ちていた二人。
そして七夕の日の悪夢・・・・・・。
その悪夢を乗り越えて、今再びタンセに服を渡すヨニ。
服を受け取ったタンセは、ムヒュルのおばあちゃんにもらった「槍も避けていく」という願のかかったお守りをヨニの首にかけ。
帰ってきたら返してもらうから、ヨニがこれをしていてくれと言います。
「帰ってきたら・・・・・・。その時は俺たち、一緒に夢を見れるかな?」
そう言いながらヨニを抱きしめるタンセ。
ヨニの目には涙が浮かび・・・・・・。
ヨニ:(あの日以来)私にとっては、服を作るのはとてもつらいことだったの。
(回想):行って。あんたの顔も見たくない。行って!
ヨニ:だから、受け取って。何も言わずに。
タンセ:あのさ・・・。俺も、これ。お前に身に着けていて欲しいんだ。
ヨニ:これは、ムサンおばあちゃんがあんたが戦争から生きて戻ってくるようにってあげたものじゃない。
タンセ:お前のほうが心配なんだよ。俺もいないのに、漢陽にはムミョンがずっといるだろうから。貸してあげるんだよ。帰ってきたら、必ずまた返してくれ。
帰ってきたら・・・・・・その時は俺たち、一緒に夢を見れるかな?
やめなさいってば、ほんとに。(涙)
あー、ほんと。鬼ですか、この脚本家は。
槍も避けるっていうなら、ヨニを本当にこれで最後まで守ってちょうだい。(涙)
と視聴者が悲しい予感に涙目どころかマジ泣きしている間にも物語りは進み。
武器を手にしたバンウォンたちが、仲間を従えチョン・ドジョンのところに出撃するところで46話は、ラスト。
あーーーーー。
もうやだ。
もうやだ。もう見たくない。
あーーーーー。
殺す気なの? ヨニを殺す気なのほんとに?
バカ! バカバカ『根の深い木』のバカ!
がーーーーー!
アナキンがどんなにカッコよくていいやつでも、結局ダースベーダーになる運命は変わらないのと同じで。
このドラマも結局なぞるのでしょう、『根の深い木』で規定事実となっているエピソードを。
こんなに長いこと見てきたのにこんなに報われないのかっていう気持ちが。ありますよ、ほんとに視聴者としては。(笑)
まあ、ダースベーダーになると分かっていて「アナキーン!(号泣)」になった私なので、もうこれは「タンセーー! ヨニーー!(号泣)」になるのを分かっていて見るしかないんだろうなと思いながら。
ただ「アナキーン!(号泣)」の時との大きな違いは、私は『根の深い木』を見ずにこれを見始めてしまい、なのに最近になってうっかりここに関連しそうな『根の深い木』のエピソードだけ知ってしまったっていう・・・・・・。
ええ。なのでまだ諦めきれていないんです、ハッピーエンドを。
だからおねがい! おばあちゃんのお守り、効いてちょうだい!!(笑)
次回。いよいよタンセが私の中で悲しみの殿堂入りしそうで恐ろしいです。
・・・・・・え? 「そこはチョン・ドジョンじゃないのか?」
まーまーまーまー。
毎度のえこひいきでスミマセン。(笑)
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11 Responses for "『六龍が飛ぶ』 第45話 第46話"
こんにちは。御言葉に甘え、また花より青春3話の方にお邪魔した(スレチですみません。4話ではバスローブどころか、裸でホテルのプールを使った事で世間さまから御叱り受けておりますねぇ)ついでに、こちらの六龍スレに立ち寄らせて頂きました。私もバンジ(タンセ)とヨニのこの切ないシーンを号泣して視聴してました。また二人の切ないシーンになると、決まってジュンスのバラード(OST)かかるので、更に涙ものです。今日結論でるのでしょうか?こころして観たいと思います。タンセ役のヨハンはミセンの頃から目を付けていたので(笑)ボゴミ~押しといい、白香夏さんとは被るもの/通じるものを勝手ながら感じています。(笑)次はどのドラマで、誰の押し専として同じになるか凄く楽しみです。そして、子供が巻き沿いになったチョクサグァンとヨンギュの戦い場面での白香夏さんの「あ-ー。中から鍵をかけられなかったでしょうか。」の一言。ごもっともなのですが、すみません、思わず笑ってしまいました。とても面白かったです。
Sprinklerさま
こんにちは。
コメントどうもありがとうございます。
「六龍」にもお越しくださって、とても嬉しいです。(*^_^*)
いやー、タンセとヨニは、泣きます。
もうあのOSTのイントロ出た段階で、泣いてる自分がいます。(笑)
いえ、笑っている場合ではなく、今夜は大号泣しそうで本当につらいのですが。
ヨンギュはほんと、「鍵かけてれば、今頃あなたも子どももサグァンも多分元気に生きてたのに・・・」の心の声が消えません。
って、ドラマ相手にぼやいても仕方がないですよね。
毎度心の声が抑えられず。すみません。(笑)
「六龍」は残り4話でどれだけ視聴者を悲しませるんだろうと見る前から恐ろしいですが、よろしかったらまた一緒に楽しんで(悲しんで?)下さいませ。(笑)
ありがとうございました。(^^)
白香夏さま、こんにちは。
ヨンギュやチョク・サグァン等々、あちらこちらに思うところは多々ありますが、もう、この45~46話と47話予告を見ると、チョン・ドジョン、タンセ、ヨニの三人に尽きます。嗚呼……。
まったく、「あぁ……」「はぁ……」しか出てきません。
結果は知ってるし、後日作も見てる、だから覚悟はできていてよ!
そう思っていましたが、駄目ですね。全然駄目です。
あの「コダナグナァ……バンウォナァ」で、マジ泣き来ました。
歴史を変えられないと知りつつ、フィクション込みと知りつつ、助けたい、この時代から逃がしたい人がいっぱいで、本気でデロリアンほしいです。
チョン・ドジョンのタンセとヨニ、プニや弟への言葉が、まるで遺言のような夢で……。
夢というより願い、でしょうか。
これらの場面を通して描かれた、密本創設や民本という言葉に込めたチョン・ドジョンの真意。
私の場合は、なまじ前作の力に引っ張られてきた視聴者なだけに、彼に対して最初、色眼鏡フル装備だったんです。
だから、六龍を見なかったら、劇中のチョン・ドジョンがどんな世の中をどれだけ真摯に願っていたのか、理解できないままでした。
見進めるうち、人のための国を築くという志のぶれなさに「色々あっても、このキャラクター好きだわ」となっていき、ここ最近は彼が頑張るほどに切なくなって、「保身の隠居でもしていたら粛清されないのに」とまで思う始末。
そこへ彼の真意が、この2話で改めて淡々と描かれたものだから、哀しさ倍増です。
作中では成均館生時代とチョン・モンジュに対しての二度、「踏み越えた」バンウォン。
排除するという手段の是非や、「他に選択肢がなかったか」論を別にすれば、前者は不正義に対する鉄槌と、後者は「より良い国を新しく創るため」の大義と考えることもできますが、チョン・ドジョン排除という「踏み越え」にはないんですよね、鉄槌や大義という理由が。
様々な過程を経て対立する間柄になってしまったけれど、今作のチョン・ドジョンは不正義をしたわけでも、バンウォンが理想とした新国家づくりを邪魔したわけでもない、むしろ理想を必死で押し進めている人物。
だから、「排除する理由」を創るために、チョン・ドジョンらに過酷な極悪人レッテルを貼るんじゃないかと、早くも怯えています。
個人的に、今作のバンウォンは嫌いになれないのですが、一方で、どうしても「必要悪としての踏み越え」的な手段が受け入れ難いのは、「これは必要悪だという理由を、恣意的に創ることも出来ちゃうよ」と警戒してしまうからなんです。
バンウォンがチョン・ドジョンらの死後にレッテルを貼れば、「踏み越える前」に理由があった過去二例と違い、「踏み越えた後」に理由を創るという形へ、完全に変質しちゃいますよね……。
そして、「嫌いになれないバンウォン」という前言も、タンセとヨニを思うと次回で撤回の危機。
あの二人が一体何をしたって言うんでしょう。泣。
酷い重荷を負わされて、苦しんで、ヨニは夢に懸けることで、タンセは夢に懸ける人を守ることで、やっと重荷を負いながらも生きていけるようになっただけなのに。泣泣。
この二人こそ、「新しい国」で幸せになるべき、為政者が幸せを支えるべき人たちなのに。泣泣泣。
「チョン・ドジョンを排除」するにしても、何故「チョン・ドジョンの元にいる全ての人まで排除」しなくちゃいけないんでしょう。大泣。
既にフライングで「バンウォン許すまじ」状態になってます、私。
世のバンウォンファンの皆様、すみません。
それにしても。
各人の実像とドラマ上の人格はもちろん多々異なるでしょうし、少なくとも今の時代、身近でチョン・ドジョンのような為政者も、バンウォンのような為政者も現実で見たことがないうえ、タンセら主要な民は皆フィクションのはずなのに、時代や虚実の差という壁を超えて迫ってくる、この独特のリアル感はなんなのでしょう。
6人も、6人以外も、心の動きや行動の選択がやたらリアルで。
根の深い木が放映された2011年当時、韓国ではドラマと翌年の大統領選を絡めた見方があったと、放映終了後、監督や脚本家のインタビューで知りました。
中には、「個別具体的な特定の誰か=某前大統領」への批判作品との憶測についての質問もあり、話者たちは否定したり、かわしたり(?)していましたが、一点、大統領選を控えた中で問題提起の意図は認めていたと記憶しています。
六龍にも恐らく、同じような意図を込めているのでしょうね。
そんや製作視点ゆえのリアル感なのか、おかげで入り込みすぎて、頭も心も消耗しっぱなしです。
はぁ……。最後まで断固見ますが、「最後まで平常心で見届ける」自信は、これっぽっちもありません。
心が折れまくりそうですが、が、が、が、がんばりましょうね、私たち。
しまうまさま
こんにちは。
コメントどうもありがとうございます。
はー、もうため息しか出てきませんが、どうしたらいいでしょうか。(笑)
私は見ていない「根」のほうなのですが、仰るとおり大統領選挙を控えてメッセージははっきり出していたと見た人からも聞きましたし、信頼のおける評論家たちからもそのような解説は出されていました。
「世宗が民衆との疎通を可能にするためにハングルを作ろうとするのを、民衆を自らのコントロール下にずっと置いておこうとする士大夫らが妨害するさまが、まさに言論統制を強めていた当時の韓国メディアと政府の関係を映し出している」といったようなことが言われていました。
この「六龍」を見終えてから「根」を見たら、また一筋縄ではいかない感じがありそうですね。
果たしてチョン・ドジョンの理想は継承され、実現されたのか、などなど。
はー、本当に。バンウォンは結局、仰るとおり踏み越えちゃいましたね。
名分の立たないところまで。
チョン・ドジョンに命を狙われているわけでもないのに、命を奪おうなんて。
周りの人もみんな巻き込んで、殺すことで排除しようとするなんて。
力でかなわない政敵を殺しちゃうっていう発想が、もうまるっきりついていけないです。
分かっていたんですけど、この展開になるのは・・・(なにせ史実そのものがネタバレですので。笑)
チョン・ドジョンも、自分の傍にいたらヨニが危ないかもしれない、タンセももう行かせなきゃいけないって、思ってたんですよね。
・・・なんて書いた瞬間、大真面目に涙が滲んできました。重症です。(笑)
今、確かにプニやヨニや、タンセのような、プニの組織の人たちのような名もなき民たちが頑張って声を上げたり、懸命に考えて訴えたり、自分に出来ることをしていたりするのですが、その声がまるきり為政者に届かなくて、完璧でないことをなじられたりして、無気力になったり、もう考えたくなくなったりということが繰り返されています。私たちの生きる世界にチョン・ドジョン、今とっても必要ですね。専業で頑張ってくれる人がどうしても必要ですもんね。
あー、ほんとに。
ただでさえドラマも暗いのに、モロモロの状況にこドラマが終わった後“メンタル崩壊”の危機に陥りそうです。(笑)
が、がんばれますでしょうか、私たち?
なんかもう、はなはだ怪しくはあるのですが・・・。(笑)
バンウォンが憎くてたまらないっていう後味だけが残りそうです。それじゃ駄目なんでしょうけど・・・。(^_^;)
ありがとうございました。
今、47話、見てきまして・・・
すみません! スレ違いですが、あまりに悲しみを発散する場がなく、ここに来てしまいました。
そして白香夏様としまうま様のコメントを読ませていただき、また涙目になってしまいました。
イ・バンウォン、許すまじ! に1票。そして47話のムヒュルにも、なんだかがっかりしてしまいましたー。
バンウォンの解決策って今までもこれからも「殺す」なんですよね。あと3話残して三峰先生退場ということは、バンウォン、王になってからのあれこれもやるのかな、と思ったりしますが、いっそそこまでやって一人で重荷を背負って孤独になれ! と感情露わですみません・・・。
これでどうして「六龍が飛ぶ」ってタイトルなんでしょうか?
タンセは46話の幸せシーンに続き47話でも幸せシーンがありましたが、脚本作家様、ひどい・・・。タンセは子供のころ「誰も守れなかった」という思いで死のうとしたことがあるわけで、それを繰り返す運命が可哀想すぎます。
チョン・ドジョンが最期まで気高くエレガントだったのが、ほんと良かったな、と思います。それだけが救いです。私、キム・ミョンミンさんのチョン・ドジョン、すごく好きでした。
eripodさま
こんにちは。
コメントどうもありがとうございます。(*^_^*)
ええ、もちろんここでよければ悲しみを発散してくださいませ。
私もeripodさまのコメントで、また涙が滲みました。
もう・・・立ち直れない域に入ったかもです・・・。(笑)
私たち、こんなに一生懸命観てきたのに、報われないにもほどがありますよね。
想像していた以上にダメージ受けてます・・・。(ToT)
ありがとうございました。
白香夏さま、こんにちは。
ああぁぁぁぁ。もう無理です----。
いきなり叫んですみません。
47話があらゆる意味でキツすぎました。
バンウォンファンの方々に先に謝らないとダメですが、ちょっともう、私、バンウォンの動機から計略から実行まで、すべてが許せないのですが。
無理です。嫌悪感でいっぱいです。
これまでも決して彼を甘い目では見てなくて、節目節目の彼の判断を厳しい目で見てきましたが、それは彼が「為政者」を目指す者だからであって、嫌いじゃなかったんですよね。人としては本当に、全然嫌いじゃなかった。
でも、47話で嫌いを通り越して、完全に軽蔑の域になっちゃいました。
人を統治する者としても、人としても、絶対的にアウトだと。
(バンウォンファンの方々、本当に本当にすみません……。)
「自分がやりたい」いえ、「自分もやりたい」、そこまでは人として理解できるんです。
自分に置き換えて、「自分はこうならないと言える?」って何度も考えさせられてもきました。
でも、「自分がやりたい」から自分より優れた人物はじめ、世の有意な人材を排除する、その動機は1マイクログラムも理解できないし、共感なんてしたくもありません。
共感を試みようものなら、自分で自分に噛みついてでも止めたいほど。
わざわざブラックリスト用紙を持って「排除完了!」と言わんばかりに、名前を火にくべる、その醜悪さ。
バンウォンは自分が獣になると言っていましたが、獣に失礼ですよ。
こんな醜悪なこと、獣はきっとしません。
醜悪さを臆面なく正当化できる人間だけですよ。(怒)
動機に劣らず、計略も実行も心底嫌悪感でいっぱいでした。
バンウォンにはタンセを殺すことに何のためらいもなく、ただタンセが怖いからチョン・ドジョンから離したかっただけ。
こんな卑怯な醜悪さで、「王子」だとか「夢」だとか、どの口が言ってるんでしょう。おととい来やがれ、です。はい。
タンセはキル・テミに勝てる保障が全然ない時でも、自分で出て行きましたよね。
ボロボロの体で「あなたが逆にやられちゃうよ!」な状態でも、あのヨニの敵を自分で追い続けて倒しましたよね。
それに比べて、なんですか、このバンウォンと配下の面々の見苦しい姑息さは。ワナワナワナ。
類は友を呼ぶということわざが浮かんで仕方なかったです。
タンセとの差は、筆使いか刀使いかの差じゃなく、人としての差です、と断言し
ちゃいたいです。
タンセが怖くて、チョン・ドジョンのそばに居てほしくないから、タンセとヨニの心を利用しただけ。
「タンセとチョン・ドジョンの2人1組」が怖くて、何が「乱」でしょう。何が「政治」でしょう。
為政者が自分のために、民を、民の心を利用して、タンセとヨニという民の夢をゴミみたいに棄てていいんでしょうか。
「利用するならせめて自分より強い者、せめて自分と互角の相手にやりなよ!自分より力も立場も弱い民相手にやるなよ!」と、憤りに震えまくりです。
あぁぁ、今も思い出してリアルに憤慨してます。
タンセとヨニが余りにも可哀想で、ヨニからタンセへの言葉が余りに哀しすぎて、彼らの結末が余りにも理不尽すぎて、私、「プニはバンウォンが遠からず『やる』と知ってて、いったい何やってたのよ!三峰とタンセとヨニどころか、パン村民の対策すら何もやってないじゃん!知ってて何もしないのは、『やる』側の奴等と結局同じじゃん!」「ムヒュルは結局、単なる脳筋イエスマンなの?もう出てこなくていいよ!いらないよ!」という怒りまで。
八つ当たり、ですよね……。
あのチョン・ドジョンの最期。
あの行動、「静かにしろ。すぐ行く」の伝言、バンウォンへの言葉、「膝をついて頭を垂れた」のは「生きてる三峰」ではなく「骸の三峰」に過ぎず、生きてる間は決して膝をつかなかった相手を、「殺して黙らせたうえで膝をつかせた」とアリアリ伝わる絵柄ーー。すべてが本当に強烈でした。
「勝った」バンウォンが、「実は全く勝ってない」ように描いてましたよね。
たとえバンウォン目線で見ていても、あれを「我らがバンウォンが勝った~!」とは思えないように。恐らく意図して。
強烈に印象的でした。
バンウォンがどれほど苦しもうが、どれほど国づくりに懸命になろうが、私、もう決して理解や共感を寄せられない気がします。
後々の行動によって償える「許される過ち」と、一事が万事の「許されない過ち」ってありまですが、本作で描いた「王子の乱」は、私にとって、完全に後者になっちゃいました。
流す必要も権利もない血を、力に任せて一滴でも流した時点で、今後、人としてどう苦しもうと、為政者としてどう頑張ろうと許されない、そんな輩はそもそも為政者になるべきじゃない――で結論出ちゃいました。3話も残した段階で早くも。
ああ、もう本当に。しばらく「タンセ」とか「ヨニ」とか「チョン・ドジョン」とか、ほんと禁句にしなくちゃです。
人目をはばからずマジ泣きとマジ怒りにやられそうなので。
私がヘビーユーザーになってる昼ごはん店の隣の隣に、どじょう料理店があるのですが、何百回と見てきたお店の看板に、今日ダメージ深すぎる攻撃を受けました。
お察し頂けたでしょうが、どじょう→どじょん→チョン・ドジョン。
そこから条件反射でタンセとヨニを含む3人セットで、怒濤の脳内リプレーでした。
くだらなすぎて殴られそうな連想なのに、本人は本気でへこんでおりました。
はぁぁぁ。ぶちまけちゃって申し訳ありません。
気力が萎え萎えすぎて、甚だしく仕事をする気が起きないのですが、勤務先に
「今日はもう帰らせてよね。文句はSBSに言ってよね」と言ったらダメでしょうか。
しまうまさま
ひーーーーん。(泣)
いきなり泣きから入って申し訳ありません。
コメントどうもありがとうございます。
その頂いたコメントを読んで完全に泣きが入ってしまいました。
あのタンセの「オイ!イ・インギョム、タッカリー!」の17話の「対キル・テミ雄たけび登場シーン」がオートマティックに再現されて、涙。
洞窟での「その過程で死ななきゃいけない百姓は、何人なんだ!」の絶叫もあわせて引っ張り出されて、涙。
そう。あれはタンセがヨニに再会する前でした。
そのあと、数々の痛みにたえ、乗り越えてきた二人が、47話であんなことに・・・・。
ひーーーーん(号泣)
私はですね。もう見終わったあと、制作陣が若干憎くなりました。
なんてものを見せてくれるんだと。
バンウォンがどうしようもないっていう以外の結論を、導き出せないです。どう頑張っても。
「みんなの夢をかなえることが、俺の夢」だったんですよね、アイツ?(アイツ呼ばわり)
なんだかんだ言いながらも結論的に「あんまりな」人間を演じなければいけないおかげで、ユ・アインさんは後半にきてあんなに痩せちゃったんだろうかとか思ってしまいました。
あーーーー、もうつらすぎます。
残り3話が思いっきり消化試合になりました。
もうこのあとバンウォンがなにをしようが「知ったこっちゃないわよ!」の感情的な反応が起きてしまっています。
チョン・ドジョンのような政治家は倒され、なんだかんだいっても最後は権力欲を満たさんがために人を殺めることも平気で正当化できるバンウォンのような政治家は生き残り、その過程で何の罪もない民も巻き込んで「殺して」いくということを「現実の比ゆ」として描きたかったのかもしれませんが、本当に残酷すぎました。
タンセとヨニは二人で生かしてくれないと。本当にただの残酷物語です。
あー。
近年まれに見る後味の悪いドラマになりました。
って、まだ3話残っているのですが、私の中ではもう47話でシャッターが下りてしまいました。
もう、タンセの顔を見るのもつらいだけだし、バンウォンは顔も見たくない域だし、せめてプニがバンウォンに一撃を・・・。
・・・加えるわけないですよね。
でも。「どじょう」が「ドジョン」への脳内変換には吹き出しました。すみません。(笑)
ありがとうございました。
8話、見ましたー。
このエントリのコメントがどんどん長くなってすみません。
タンセ、47話と48話であんな悲劇にあって、これからイ・バンウォン血のロードに舞台が移るのだろうな、と思っていました。
タンセをもうほっといてあげて~~、放浪させてあげて~~、あと2回は心閉ざして見るから~~、
などと思ってたんですが、48話でまた悲劇(ていうかイ・バンウォン)に関係してくるようで、
タンセを最後まで出してくれ重要な役として認めているのはわかりましたが、
もういいです~~~~(泣)。
三峰先生の遺言をタンセが握りつぶしたのも「根の深い木」への伏線ですが、握りつぶさないでほしかったし、ムヒュルがヨニを囮に使う案を出した、というのもあんまりです。チョ・マルセンの案じゃなかったの?
そして一番、不可思議なのがプニです。いったいどういうキャラクターなんでしょう?
自分がバンウォンの武器庫の存在を知りながら、パンチョンのヘンスとして パンチョンを守るために黙っていたとしても、
そのために今まであれだけ世話になった(そして尊敬していたと思われる) 三峰先生と
小さい頃からの知り合いだった、しかも実の兄の恋人のヨニが殺されて
罪悪感を感じているような台詞やシーンがなく、 ヨニ死んだときの独白が「オンニ、ごめんなさい。そしてありがとう」だったという。
なんだ、それ!
泣く演技もきれいにポロポロ程度で通り一遍な気がしましたし、
自分の兄がバンウォンが殺そうとしている三峰先生の護衛武士で、 危険が及ぶのは必至なのに、あのテンションの低さはなんなんでしょう。
何故、こんな変なキャラクターになってしまったのか、あと2回で大逆転があるのか?
でもそれでプニが死んだりしたら、またタンセが悲しくなるだけなんですけどー!
そもそもパンチョンを責任もって守るようなシーンが、パンチョン最大の危機である46話&47話に なかったんですよね。 カップニがボコボコにされている時もなんだか・・・。
ヨニのほうがよっぽど六龍の一人なんじゃないかと思いました。
あと2回なので見ます。見ますが~~。ああ、もう単なる愚痴みたいなコメントで申し訳ありません(涙)。
eripodさま
こんにちは。
コメントどうもありがとうございます。(*^_^*)
そうなんですよね~。私もタンセはもう立ち直れない感じになるのかと思いきや、意外に出番が多く。
これってやはり、ここでタンセを引っ込めると、タンセファンの離脱があると思うからでしょうか。(笑)
48話は本当にツッコミどころが多すぎて、ツッコむために逆に記事アップの意欲が沸いたほどです。(笑)
プニは正直、ないですよね。あの場面でのあの台詞は。
プニへの違和感は結構前から感じているのですが、内容よりも何か演技に身が入ってない感じがしています。
一貫して棒立ちしている印象で、涙は流してますが感情が伝わってこないというか。これが演出の問題なのか、役者の問題なのか。
あの「プニ隊長」が単なる「きれいどころ」を演じてるだけみたいに最近なってきていて、残念です。
外気が冷たすぎて、どの場面でも目が潤んでますし。(笑)
顔が汚れていた前半のほうがプニは内容面でもずっと良かったです。
バンウォンはどんどんサイコっぽい迫力が出てきて、イ・バンウォン憎しとは別にユ・アインさんの演技はひたすらすごいのですが。
こうなるのはある程度予想されていましたが、私たち、このあと愚痴三昧になりそうですね。(笑)
ありがとうございました。
あう、48の最初が何故か切れて、8話になってしまいました。そしてパンチョン最大の危機は47話&48話でございました・・・疲れているようですー。申し訳ありません。
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