みなさま、こんにちは。

今日は前回のペク・チヨンさんに引き続き、4月1日と3日に韓国側芸術団の一員としてピョンヤン公演に出演されたカンサネさんについてご紹介しようと思います。


韓国のシンガーソングライター、カンサネさんについては、これまでも『おじいちゃんとスイカ』、『ワグラノ』の2曲をご紹介してきました。
その記事の中でも触れているのですが、カンサネさんはご両親が北朝鮮出身というバッググラウンドをお持ちの方です。

正確に書きますと、カンサネさんのお父さんは現在の北朝鮮にある咸鏡南道のご出身なのですが、実はお母さんは韓国側の忠清道ご出身。お母さんは結婚して咸鏡南道に移り住み、1949年に息子さんを産んだ翌年、朝鮮戦争が始まってしまい。夫と生き別れ、息子を連れて命からがら南側に避難されたそうです。また同じく、カンサネさんのお父さんも大混乱の避難の最中に妻子と生き別れになり、南側に逃れたとのこと。
同じ痛みをもつ者同士、新たに家庭を築き、カンサネさんのお姉さんとカンサネさんが産まれたそうです。1歳の時、母におぶられて避難してきたカンサネさんの父親違いのお兄さんは、カンサネさんとは年の差14歳だそう。

こうした個人的な背景から、今回選ばれた11組のうち、カンサネさんは特に人々から注目を集めていました。
カンサネさんといえば93年発表のデビュー曲『ラグヨ』が代表曲。『ラグヨ』は南北離散家族の悲哀を物語るのにこれ以上の曲はない切ない歌なのですが、この『ラグヨ』、そもそもデビュー前にお母さんにプレゼントするために作った歌だったそうです。

カンサネさんは『おじいちゃんとスイカ』の記事でも触れた通り、91年に日本人女性と結婚されていますが、(過去記事はコチラ)出会いのきっかけは89年のカンサネさんの渡日。
のちのインタビューでカンサネさんは、日本に来て色々なジャンルの音楽に触れたことで開眼し、『ラグヨ』もその頃受けたインスピレーションによって生まれた曲だと語っていました。

お父さん、お母さんは北側に離散家族がおり、ご自身の妻は日本人。
カンサネさんは、どうあっても私たちが暮らすこの東アジア、日本と朝鮮半島が平和にならなければならない個人的な動機も、強くお持ちの方なのですよね。


公演は4月1日と3日の2度に渡って行われましたが、カンサネさんは両日とも『ラグヨ』を熱唱。
歌詞の中に「豆満江(トゥマンガン)」や「咸南埠頭(フンナムプドゥ)」といった北朝鮮の地名が出てくるのもあり、平壌の観客たちも歌が意味するところを理解し、大きな感動を呼んだと伝えられています。


特には、カンサネさんがこらえきれずに涙した3日の公演。








『ラグヨ』を歌い終え、平壌市民の観客たちに語りかけている間、涙がとうとうあふれてしまったカンサネさん。

初回1日の時は、『ラグヨ』を歌い終えて観客に話しかける間も涙を見せなかった彼。咸鏡道の方言が歌詞に登場する『明太(ミョンテ)』という曲をノリノリで歌い上げるなど、「カンサネ節」を存分に見せてくれていたのですが、やはり2度目の時はこれで最後ということもあり、感極まったのでしょう。
カンサネさんの涙には、会場からもあたたかい拍手が送られていました。


この時の映像をご紹介しましょう。

4月3日、柳京鄭周永体育館で行われた『春が来た』南北合同公演にて、『ラグヨ』を歌い終えた後観客に語り掛けながら涙を流すカンサネさんの動画です。

動画は、VIDEOMUGのyou tube公式チャンネルより。
はじめにソヒョンさんが紹介する様子などが挟まれています。





私は今日のこの場にとても感激しています。亡くなった母と父も思い出されますし。
今お聞きいただいた曲は、私の父と母を思って作った歌なのですが、私が歌手として初めて世に出た時に、この歌が・・・・・・。
胸がいっぱいです。本当に多くのみなさんが・・・・・・。
あたたかく迎えて下さって。ずっと抑えていたのですが、いやぁ、一度あふれると、なかなか止まらないんですよね、これが。アイゴ。ありがとうございます、みなさん。愛してます。またお会い出来たら嬉しいです。次の曲は『お前ならできる』です。



生前、一度も帰ることができないまま亡くなられたご両親。
嘆き悲しむ姿を傍で見てこられただけに、両親の代わりにこうして来れたことに、さぞやこらえきれないものがあったことでしょう。
映し出されてはいませんが、この時客席でも涙を拭う姿が見られ、ステージ裏でも出演者とスタッフがみんな泣いていたそうです。
今回の公演が意味するところを、その思いを、最も雄弁に語ってくれたカンサネさんの言葉でした。

できればこの時の映像で『ラグヨ』をご紹介したかったのですが、歌のフルバージョンが1日の公演時のものしか公開されていないので、1日の動画をご紹介します。

こちらの動画には、冒頭で『ラグヨ』を歌い終えた後平壌市民に自己紹介し、咸鏡道なまりが歌詞に登場する愉快で独創的な一曲『明太(ミョンテ)』を熱唱する姿までが続けて収められています。




라구요

두만강 푸른물에 노젓는 뱃사공을
볼 수는 없었지만
그 노래만은 너무 잘 아는 건
내 아버지 레파토리
그 중에 십팔번이기 때문에
십팔번이기 때문에

고향 생각나실 때면
소주가 필요하다 하시고
눈물로 지새우시던 내 아버지
이렇게 얘기했죠
죽기 전에 꼭 한 번만이라도 가봤으면 좋겠구나 라구요

눈보라 휘날리는 바람찬 흥남부두
가보지는 못했지만
그 노래만은 너무 잘 아는건
내 어머니 레파토리
그 중에 십팔번이기 때문에
십팔번이기 때문에

남은 인생 남았으면 얼마나
남았겠니 하시고
눈물로 지새우시던 내 어머니
이렇게 얘기했죠
죽기 전에 꼭 한 번만이라도 가봤으면 좋겠구나 라구요

꼭 한 번만이라도
꼭 한 번만이라도
꼭 한 번만이라도 가봤으면 좋겠구나 라구요


豆満江の蒼き流れで舟を漕ぐ船頭を
見ることはできなかったけれど
その歌だけはよく知っているのは
僕の父のレパートリー
そのうちの十八番だから
十八番だから

故郷を思い出すたびに
焼酎が欲しいといい
涙に暮れていた父
こんなふうに言っていた 
死ぬ前に 一度だけでも 行けたらいいなって

吹雪で荒れる強風の興南埠頭に
行くことはできなかったけれど
その歌だけはよく知っているのは
僕の母のレパートリー
そのうちの十八番だから
十八番だから

残りの人生なんて
いくらも残ってないと言いながら
涙に暮れていた母
こんなふうに言っていた 
死ぬ前に 一度だけでも 行けたらいいなって

一度だけでも
一度だけでも
一度だけでも 行けたらいいなって



いやー、涙きちゃった。

「オモニ(母)」の部分を、咸鏡道なまりの「オムイ」と歌った瞬間、涙腺決壊です。
カンサネさんが泣かないようにこらえながら歌っているのが伝わってくるので、余計に胸がつまります。

今回の代表団にカンサネさんが加わったこと、本当に心から良かったと思います。
切々とした思いが胸に沁みわたりました。

そしてこのしんみりムードをぶち壊す、『明太(ミョンテ)』の破壊力ったら。
涙一気に引っ込みます。
いえ、名曲なんですが。(笑)
ちなみにこの愉快な曲も、当初主催側からは『川の流れをさかのぼるあの力強い鮭のように』が打診されていたところを、咸鏡道の方言が歌詞に含まれているからということで、カンサネさんのたっての願いでこの日歌うことになったそうです。


MBC KPOP公式動画も貼っておきます。こちらは『ラグヨ』のみ。冒頭のイントロが切れています。








ついでにオリジナルの音源も貼っておきましょう。

こちらは公式のものではないので、リンク切れの際はご了承ください。










お気づきかと思いますが、オリジナルキーのほうが高いです。

カラオケでこの歌を歌う男性陣をこれまで何度もみてきましたが、大抵最初の「コッカンボンマーニラドー」で撃沈します。

みなさまが歌われる時も、一つ下げ目がよろしいかと。

ってそんな話はどうでも良かったですね。(笑)


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タイトルの「ラグヨ/라구요」の意味は、直接引用を表す助詞なのですが、このままでは意味が分からないし、歌のタイトルとして適さないということで、デビュー前、所属事務所がタイトルを変えるようかなり圧迫してきたそうです。これではテレビ局に歌をかけてもらえないので、『ラグヨ』は「帰れない故郷」、同じアルバム収録の『イェロララ』は「田舎旅行」に変えろ、と。

ここでこの曲が「帰れない故郷」なんていうありがちなタイトルに変えられていたら、間違いなくこんにちのカンサネさんは存在してませんね。(笑)

カンサネさん、他にも隠れた名曲をお持ちなので、また折を見てご紹介していければと思います。


<追記>

南北首脳会談開催を前に、4月25日に聯合ニュースTVが公演のフルバージョンをyou tubeにて公開したので、4月3日、2度目の公演で演奏するカンサネさんの映像を新たにご紹介しておきます。
一曲目の『ラグヨ』を歌い終えた後、観客に話しかける中で涙を流すカンサネさんの様子が収められています。