みなさま、こんにちは。

今日は現在ソウルでロングラン中の日本映画『そして父になる』を取り上げてみます。

昨年12月19日に韓国の約40スクリーンで公開された福山雅治さんの主演映画”그렇게 아버지가 된다/そして父になる”。監督は本作品でカンヌ映画祭審査員賞を受賞された是枝裕和(これえだひろかず)さん。

この映画、いまはもう上映館はソウルの1箇所で1日1回の上映のみとなりましたが、実は韓国で上映されたアート系映画としては大ヒットといえる12万人の観客動員を3月2日に記録しています。(4月3日付映画振興委員会データでは122,007名)

こちらが韓国でのポスター。


Like Father, Like Son_image2

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日本でのポスターと同じものなのに、韓国語が印字されていると違って見えますね。

この映画、韓国では(日本でもですが)とてもとても評判がよく、「上映館をもっと増やして欲しい!」、「まだやってるの? 早く行かなきゃ!」といった現地の声が日本にいる私の耳にリアルに届くほど、アンテナ感度の高い韓国の人たちに刺さっています。

でもちょっと、興味深い感想が多いことに気づきました。

“なんの問題もなかった幸せな家庭。ところがある日、6年間大切に育ててきた息子が病院内で他人の子どもと取り違えられていたことが判明し・・・・・・”。

こんなふうに映画の導入部を聞いた時点での韓国の人たちの反応がざっくりどんなものかと言いますと。

「あぁ、”マクチャン”ドラマね」

・・・・・・え?

なにその反応?!(笑)

ぱっと見、「出生の秘密系」に見えるこの映画。
「出生の秘密」といえば、日本では70年代で終わっている昔々のテーマでも、韓国ではいまだに健在な「ドロドロドラマ」の定番設定。”マクチャン”、ひとまず「ドロドロ劇」と訳しておきます。「ドロドロ」と言うと、日本だと男女の愛憎とか怨念、復讐を思い浮かべるので意味するニュアンスには開きがあるのですが、それは脇に置いといて。
韓国では出生の秘密を扱うとかなりの確立で「マクチャン」と置き換えられてしまうことに、私も人々の反応を見て気づきました。この映画のイントロを聞いた時点では、泣いてわめいて大変なことになるんだろう、と多くの人は想像します。「どんな話か想像つく」と早合点するんです。

ところが。導入だけ聞くと「よくある話」に思えるこの映画に、韓国の人たちはいい意味で裏切られていくんですよね。いい意味での裏切りがクチコミとなり、今日の静かなるヒットへと繋がっています。

いい意味での裏切り、つまりヒットのポイントは何かといえば。

「日本特有の抑え目演出」と言えるでしょう。
実際は「日本」というより個別具体的に「是枝監督」なのですが、それでも大きく大きく「抑え目」傾向を分類すると、やはり日本的、ということになるんでしょうね。
この映画でもっとも韓国の観客が舌を巻いたのは、「絶妙な節制加減」ではないかと思います。

「BGMの威力を借りて泣かせまくるのかと思いきや、全然違った。淡々と抑えているのに、むしろ心にどんどん迫ってきて、気づいたらずっと泣いていた」。
韓国で映画を観た人たちの感想のうち、これは代表的な声。
テレビで毎度お馴染みの「マクチャンドラマ(ドロドロ劇)」になるのではと思いきや、実際は泣きもわめきもせず一貫して抑えが効いている。
「淡々としている」が、「退屈で平板」というマイナス評価にまま直結しがちな韓国の観客たちをして、淡々としながらも退屈ではなく、どころか静かにグイグイ引き込んでいくこの映画に「予想を裏切られた」と賞賛を惜しまない様を見るにつけ、韓国的だなぁと感じます。勿論、日本でも似たような評価はありますが、重きの置きかたが異なるという意味で。

韓国でのメインの予告編、貼っておきます。

是枝監督は韓国映画界でも非常に人気のある方で、作品が出るたびに釜山映画祭に招かれており、今回の『そして父になる』も昨年10月に開かれた釜山国際映画祭での上映作品に選ばれ、監督と子どもたち、福山雅治さんが釜山に赴いています。

日本の韓流ファンの方たちは、韓国の作品が持つ情熱的な感じ、激しさ、メリハリの利いた演出などに良さを見出されることが多いと思います。
ところが韓国には、日本の韓流ファンがいいと感じる部分をこそ「暑苦しく」感じる人がいて、その人たちはむしろ日本の作品の「淡々とした」「クールな感じ」をたまらなく魅力に感じていたりします。
日本と韓国を見比べながらいつも面白いと感じるところです。

みなさまはこれまで「日本のドラマ、大好き! 韓国ドラマよりずっと面白い!」という韓国の人に会ったことはありますか?

私が知り合う韓国人の中には日本のドラマや芸能人が大好きという方が時々います。その方々は韓国のカフェや食堂で、それはそれは情熱的に大好きな日本のドラマのことを話してくれます。その前のめりな勢いに、こちらがたじろぐくらい。(笑)

ここでちょっと韓国の人たちの日本映画との出会いについて。

韓国に友人や知り合いがいるという方は、もしかしたらご経験があるかもしれません。いきなり「オゲンキデスカ?」と笑顔でやられたこと、ありませんか?

中山美穂さんが雪原で山に向かって「お元気ですかー! 私は元気です」と叫ぶシーン。
中山美穂さんと豊川悦司さん主演映画『Love Letter』(ラヴレター)での有名なワンシーンですよね。
日本では95年に公開されたこの映画、実は金大中大統領時代、韓国で日本映画上映が解禁になった時に初めて映画館で上映された日本映画で、1999年の公開後、たくさんの観客が足を運び大ヒットとなりました。


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この映画の韓国でのインパクトは、日本にいる人たちの想像をはるかに超えたところにあります。“「お元気ですか」=『ラブレター』”を知らない人はいないといっても過言ではないくらい、韓国の人たちに感慨深く受け入れられ、愛された、時代の転換期を象徴する映画なんですよね。
いま20代の方々は子どもの頃に日本文化が受け入れられ、自然に接してきた世代なので感覚がまた違いますが、いま30代半ば以降の人たちにとっては、思い出の日本映画といえばまさに『Love Letter』。
新たな時代の扉が大きく開かれたんだというワクワクした気持ち、明るい未来へと向かうような暖かくてすがすがしい気持ち。その爽やかな時代の気分をさらに後押ししてくれた、良質な恋物語。


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この映画は、韓国の人たちにとっては特別な感慨を呼び起こす映画です。
裏に込められた意味を知らずに、にっこりと「オゲンキデスカ?」を繰り出す人に「私、見てません」などとストレートに返したりすると、その人をとってもしょんぼりさせてしまうかもしれないということは、韓国ドラマや音楽、文化を愛する方々は知っておいてもいいかもしれませんね。だって、少なくとも「オゲンキデスカ?」と言って来る人は、仲良くなりたくて、好意を示したくて、知っていることを一生懸命話しているのは間違いないんです。

かくいう私、実はやってしまったことがあるのです。
99年の封切り後、韓国で嵐のように「オゲンキデスカ」スマイル(時に映画ばりの絶叫)を浴びたのですが、ある時聞かれてつい「見てません」と正直に答えてしまい。相手の顔から見る見るうちに笑顔が消えていくのを目の当たりにしました。
どうしてあの時「まだですが、明日見る予定です! なんなら今晩見ます!」くらい言えなかったのだろうと、時々あの悲しい顔を思い出してはいまだに申し訳ない思いに駆られます。どうかみなさまは私の轍をお踏みになりませんよう。(笑)

『Love Letter』以降、日本のドラマも驚くほどたくさん見られていて、「日本ドラマファン層」を確実に築いているのですが、日本のドラマを全然見なくなった韓流ファンとまったく同じ現象が、実は日本ドラマファンの韓国人にもあります。彼らは韓国ドラマを殆ど観ないんです。つまらないんだそうです。よって私とは会話が噛みあわないこと甚だしいのですが、彼らに一体日本のドラマのなにがそんなに魅力なのかを尋ねると、大抵返ってくる答えは似通っています。

「クール」

「あっさりしてる」

「スマート」

「わざと泣かせようとしない」

面白いです。
私が日本のドラマで物足りなく感じているところこそが、魅力なんです。

こちらにとっては普通のもの、分かりきったもの、もう飽き飽きしているものも、別の文化に身を置く人たちにとっては新鮮な驚きと発見をもたらすものだったりする。『そして父になる』に感嘆する韓国の人たちの声の中に、「淡々としてる」、「わざと泣かせようとしない」がかなりの割合で混じっているのを見るにつけ、やっぱりそこにそんなに反応するんだなぁと微笑んでしまいます。

優れた内容は言うまでもなく、「抑制のきいた演出」がプラスαの評判を呼び、既存の日本映画ファンに留まらないより広い層の韓国の観客と疎通することに成功したこの映画。「そこがそんなに評価ポイントなのか」と関係者が聞いたら感心しそうな、日本の「当たり前」が韓国の観客にとっては当たりまえじゃないというところに、この映画の隠れたヒットのツボがあるんですよね。



ジブリは別格としてもアニメとオカルトばかりがやたら日本映画として入ってきがちな韓国で、誠実に人間を描いた『そして父になる』のような良質な日本映画が上映される機会は、久しぶりな気がします。見たい人が結構まだいるのに、上映のほうはなにやら終わりが近づいているような雰囲気を醸していますが、予定調和な物語りを想像した韓国の人たちがいい意味で裏切られ、感動し、考えさせられ、心をあたたかくする機会が少しでも長く続けばいいなと思います。