みなさま、こんにちは。

早いもので8月も終わり、今日から9月。
永遠に続くかに思えた暑さも、少しずつやわらいできましたね。
とはいえまたしても大型の台風が近づいているそうなので、どうぞみなさまくれぐれもお気を付けください。

さて今日は、9月8日から日本で公開となる韓国映画『1987』をご紹介します。
この映画は、韓国で「6月民主抗争」と呼ばれる1987年に起こった大規模な韓国市民による民主化を求める闘いを、史実に基づいて描いた作品で、「6月民主抗争」から30周年目にあたる昨年12月に韓国で公開されました。

まずは映画のポスター。



彼らの選択が世界を変える
みんなが熱かったあの年
1987









2016年10月、不正腐敗にまみれた大統領の退陣を求める市民の平和的なキャンドルデモがソウルの光化門広場で始まり、週を追うごとに路上に出てくる人が膨れ上がり、全国で100万人、200万人規模の大きなうねりとなって大統領の弾劾と政権交代を勝ち取ったことは、多くの方々が鮮明にご記憶のことでしょう。

軍事独裁政権時代から連綿と続く既得権益層は政権交代後も陰に陽に抵抗を繰り広げており、今なお激動する時代のただなかにある韓国ですが、この映画『1987』はまさに30年後に起きた2017年の100万人キャンドルデモの出発点ともいえる市民の大きな抵抗運動、民主化運動について描いています。


日本と韓国とでは近現代において社会が経験したことがあまりに違うため、独裁打倒と民主化を求めて闘いつづけた韓国現代史がいまひとつ実感として分からないという方も多いと思います。
また、正しく歴史を知りたいと思っても日本では朝鮮半島に関する歴史の歪曲、差別思想の流布、反知性主義が大手を振るう状況にあり、書店に出向いてもろくでもないヘイト本ばかりが我が物顔で陳列棚を埋める状況なので、まっとうな韓国・朝鮮関係の本に辿り着き、事実を知ることが非常に困難という現実もあります。

この映画をお勧めするにあたり、是非お手に取っていただきたい韓国現代史に関する良書をご紹介しておきます。
映画を見る上でも、前後の歴史の流れ、文脈を把握しておくのとおかないのとでは、理解度に大きな差が出ます。

韓国が大統領制なのはご存知だと思いますが、その大統領を有権者が直接選挙で選べるようになったのが、この1987年における人々の闘いなんですよね。
その前までは、「大統領を選ぶ人を大統領が指名する」というトンデモな選挙制度による軍事独裁政権が続いていました。
選挙は民主主義の基本ですが、その最も大事な権利を有権者が行使できるようになるまで、韓国では本当に多くの犠牲が払われてきたのです。
恐怖政治で人々を統治し、市民の権利を保障しない。抵抗する者は徹底的に弾圧し、政権維持のためには北朝鮮の脅威を口実にしたねつ造をいとわない。

このあたりを韓国現代史の流れに沿って押さえておくことは韓国社会理解の上でも非常に有意味なので、韓国現代史がコンパクトにまとめられている良書、岩波新書の『新・韓国現代史』(2015年刊、文京洙 著)をお勧めします。
「韓国のことをちゃんと知りたいのだけれど、何を読んだらいいのか分からない」という方に是非お勧めです。







著者の文京洙(ムン・ギョンス)先生は立命館大学の教授です。

岩波新書の当該ページのリンクを貼っておきます。
リンクはコチラ


この映画は、1987年に実際にあった歴史の事実をもとに描いたものなので、人物像が脚色された人も登場するのですが、完全にフィクションの人物は、キム・テリさんが演じている女子大生ヨニだけ。
それ以外は実在の人物、本当にあった出来事である点を、映画をご覧になる前に是非頭に入れておいていただければと思います。

あらすじについては、映画の公式サイトに非常に詳しく掲載されているので、是非そちらをご覧ください。
登場人物の非常に多い映画なので、歴史の流れ、文脈、元になっている事件を全く知らないという日本の観客にとっては、いくら字幕がついていても内容の把握が困難であろうことが容易に想像できます。
ですので、是非公式サイトの「STORY」をお読みください。
公式サイトは、コチラです。

公式サイトの説明が非常に充実しており、人間関係図まで載ってます。
それだけ、事前情報なしでは把握が難しいということなのでしょう。
ちなみに、韓国人でもこうした問題が分からない人は大勢います。


この映画に対する韓国での反応が伝わってくる文章も、ご紹介します。

ハフィントンポストコリアに掲載されたミン・ヨンジュンさんの、2018年1月5日付けのブログ記事です。
ミン・ヨンジュンさんは、映画ジャーナリストで雑誌Esquire Koreaのフィーチャー・エディターです。


ミン・ヨンジュン
映画ジャーナリスト&Esquire Koreaフィーチャー・エディター
2018年1月5日付

“『1987』は2017年のきっかけになった歴史を目撃する機会なのかもしれない”

1987年1月14日、一人の青年が死んだ。名前はパク・ジョンチョル。ソウル大生だった彼は、当時指名手配されていたソウル大の先輩の行方を追っていた公安警察に参考人として召喚され、治安本部対共捜査団の南営洞対共分室509号*で死亡した。警察はこれを隠蔽しようとするも、1月15日に「中央日報」の社会面に掲載された「警察で調査を受けていた大学生がショック死」という記事によって世間に知られ、対応を取らざるを得なくなった。
大学生のショック死を釈明するため記者らを呼んだ治安本部長のカン・ミンチャンは、パク・ジョンチョルは死亡当日の午前、ご飯と豆もやしのスープを食べ、食欲がなく冷水を飲んだと話した。その後尋問を再開したのだが、「机をバン!と叩いたら、ウッ!と言って倒れた」と続けた。妄言はこうして生まれた。
失言ではない。恥というものを知らない破廉恥と不条理に満ちた輩の地顔が、時代に向かって爆裂したのだ。

『1987』はまさにこうした破廉恥と不条理が支配していた時代を終わらせようと、それぞれ異なる場所で顔を上げた人々に関する映画である。軍部クーデターで政権を握った全斗煥と側近ら軍部勢力は長期執権の野望を抱くものの、1987年6月10日から20日間にわたって「護憲撤廃」と「独裁打倒」を叫びながら街に出た国民たちが全国的に繰り広げたデモが、ついぞその欲望を挫く。私たちが知る「6月抗争」が、まさにそれである。このきわめて熱い歴史の中にカメラを向けるとなれば、はなから発火点の非常に高い映画にならざるを得ない運命だったわけである。つまり、「実際の歴史の熱さを忠実に保ち、うまく引き受けながら、同時に客席にまでしっかりありのままに伝えきることができるのか?」という疑問符を孕んで生まれた映画なのだ。

「誰もが主役だった‘あの年’を込めたかった。1987年の人々のぬくもりと良心が感じられる逸話は、私にも多くの力を与え、勇気をもらった。その意味から、それぞれのキャラクターがすべて主人公となり、最終的には全国民が主人公になる構造を作りたかった」。
映画『1987』を演出したチャン・ジュンファン監督は記者会見でこのように演出家としての弁を述べた。『1987』の製作が確定したのは2016年12月だった。朴槿恵弾劾訴追案が可決される状況にあり、翌年は明らかに大きな変化が予測されるという時点だった。勿論1987年と2017年の社会は厳然として異なる空気を含んでいるものの、30年という時間を間をおいて二つの時代が熱望したものがデカルコマニー(転写)のように重なって見えるのは、決して奇異なことではなかった。
2017年、ロウソクを手に広場に集まった大勢の人の波は、映画『1987』が情緒的な共感帯を確保できる映画であるという予感を与えてあまりある風景だった。

『1987』は1987年1月14日に始まり1987年6月10日に終わる。1987年1月14日は、パク・ジョンチョルが南営洞の対共分室で拷問によって死亡した日だ。1987年6月10日は、イ・ハニョルが延世大前でのデモの途中、頭に催涙弾を受け血を流して倒れた翌日、すなわち6月抗争が始まる日だ。観客を6月抗争の入り口まで案内するのみ、貫通はしない。6月抗争という火鉢のような歴史の真ん中に観客を集め、感傷を飲みこんでしまおうという映画ではないのだ。むしろ6月抗争という歴史を点火すべく、自ら火種となろうとした数多くの人々のあらんかぎりの力を集め、目撃させることで、私たちが乗り越えてきた今日の歴史とは、時代を押し上げようとした平凡な人々の奮闘と怒りの涙の上に立ち上がったものであることを体感させるのだ。(後略)

(原文はコチラ
*ソウル市龍山区(ヨンサング)南営洞(ナミャンドン)に、かつて軍事政権時代の公安警察が残虐な拷問によって「容疑者」の取り調べを行った極秘公舎があり、記事中の南営洞対共分室はそれを指しています。「対共」は「対共産主義」の意味。


私は去年の暮れにこの映画を韓国で見てきました。
この映画が2017年と1987年を結んでいることを、期せずして私は映画館で実感することになりました。

満席の客席から、明らかに見て取れる「親子」の組み合わせ。

私の隣りの席も、私の前の席も、一目で親子と分かる組み合わせの観客でした。そこかしこに、親子。

まさに1987年の160万人規模のデモを直接または間接的に経験した大人の世代と、2016年秋から2017年初春まで続いた全国200万人規模のキャンドルデモを目の当たりにした中学生、高校生、大学生の子ども世代が、一緒に映画を見ている構図。30年後の世代は、自分たちがまさに経験していることとつながっている「歴史」が1987年にあったこと、その延長線上に「今」があること、そして自らも歴史の一ページを刻んだ一員であることを、この映画を通じて感じたのではないでしょうか。
世代を超えて貫かれている「歴史」を体感できる、稀有な映画。
監督が映画製作を構想した時点では、誰も予想できないことでした。


映画の予告編をご紹介しておきます。
公式サイトに掲載されている、日本語字幕のついたものです。







この映画には、本当に名だたるスターが数多く出演しています。

チャン・ジュンファン監督がこの映画の製作を決意したのは、まだ朴槿恵政権が権勢をふるっていた頃でした。
政権の目の敵とされ、様々な不利益が降りかかるであろうことが明らかなこの映画の主演を打診されたキム・ユンソクさんは、初めは「何を馬鹿なことを」と仰天したそうです。「そんな映画、作れるわけがないだろう」と。
それでも決意の変わらないチャン・ジュンファン監督と一蓮托生となる決意をしたのは、恐らくキム・ユンソクさん自身が拷問死させられたソウル大生パク・ジョンチョル君と同じ高校に通っていた2つ下の後輩であったことも影響しているのでしょう。

他にも、映画製作計画を噂で聞きつけ、リスクの高い作品に志願してまで出演した俳優たちが実に多いこの映画。
その話は、また改めて書こうと思います。

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2017年12月27日に公開され、観客動員数723万人を記録したこの映画。
同じ年の8月に公開され1218万人もの観客を動員し、日本公開時も多くの方が劇場に足を運んだ『タクシー運転手』と並び、この年は韓国の80年代を貫く二つの大きな民主化運動を描いた作品が続きました。

光州での痛ましい惨劇から7年後、光州事件の主犯を倒した韓国の市民たち。
その道のりが今も終わることなく続いていることに、思いを馳せながら。