みなさま、こんにちは。

今日は、セウォル号沈没事故の遺族の姿を描いた映画『誕生日』の予告編と、主演俳優チョン・ドヨンさんのJTBCニュースルームでのインタビューについて取り上げます。



日本でも、本当に多くの方がセウォル号沈没事故をSNSなどで追悼してくださっている様子を目にした4月16日。

あの衝撃から早5年が経ちました。

今もなお、当時の政府がなぜセウォル号の乗客を助けなかったのか、一体何をして、何を隠しているのか、セウォル号沈没の真相は明らかになっていません。
事故当時政権の座にあった者たちが、事故直後も今も遺族を傷つけ続け、真相究明を徹底的に邪魔だてしている姿を怒りに震えながら見続けた5年。
いつの日か必ず真相を究明し、責任者の応分な処罰を勝ち取るために、私も人々とともにありたいと願う今日の日です。

というわけで今日は、事故当時から一貫してセウォル号沈没事故に肉薄し、遺族と被害者たちに寄り添っているJTBCが、セウォル号沈没事故で息子を亡くした一家を描いた映画『誕生日』で主演を務めているチョン・ドヨンさんをスタジオに招いて5周忌前日の4月15日に行ったインタビューと、『誕生日』の予告編を続けてご紹介します。








映画『誕生日』は4月3日に公開された、セウォル号沈没事故で息子を失った家族を描いた物語です。

チョン・ドヨンさんとソル・ギョングさんが亡くなった高校生「スホ」の両親役として出演しています。

息子の死を受け入れられない母が、息子の誕生日会を催すに至るまでを描いています。


では、以下4月15日のJTBCニュースルームのソン・ソッキアンカーによるチョン・ドヨンさんへのインタビューを、動画と翻訳でご覧ください。

動画はyou tubeのJTBC公式チャンネルより。





アンカー:今日(15日)この方をお迎えすることにした時、初めはとても嬉しい気持ちでした。映画『マルティニークからの祈り』という映画が出てインタビューして以来早5年と4か月ほどがたちましたので、嬉しく思って当然だったのですが。ただ私がこの映画を見た後からは、この方をお迎えすべきだろうかとしばし悩みました。何日間か悩みました。この方をお迎えしてもいいものだろうかという思いから。
その映画とは、『誕生日』です。
恐らく映画をご覧になられた方々は、私がなぜそんなふうに悩んだのか、お分かりになる気がします。ともあれそうしている間に時がたち、今日はセウォル号の惨事から5周年を迎える前日となり、この方と約束した日になりました。それでお招きしました。チョン・ドヨンさんがお越しになっています。

チョン・ドヨン:こんにちは。

アンカー:お久しぶりです。かなりお久しぶりですね。
映画を見終えた後、色んなことを考えたのですが、そのうちの一つが何かと言いますと、この世に俳優はなぜ存在しなければならないのか、ということでした。
俳優がいて、とても幸いだと思いました。特にこの映画を見終えた後は、その俳優がチョン・ドヨンさんであるということが、本当になんと言いますか、安心したと言いますか。そんな色々な考えがよぎりました。

チョン・ドヨン:ありがとうございます。

アンカー:まずは私もありがとうの言葉をお伝えしたいです。
私が今日悩んだのは、チョン・ドヨンという俳優をしばらくは「スホのお母さん」として映画の中に留めておきたいという思いからでした。それで、お迎えしていいものなのかとしばし悩んだのでした。
この場に出てこられるのを少し憚られたと伺いましたし、最近は他のインタビューも避けていらっしゃると聞きました。
私と同じ考えで避けていらっしゃるのですか?

チョン・ドヨン:同じ考えかは分かりませんが、確かに今のこの場もそうですし、その前にしたインタビューもそうですし、とても気を遣いますし、かなりやりにくくはあるんです。そして、『誕生日』がしようとする話は気軽な話ではないので、より気を付けるようになりますし、慎重に選別しながら、ちゃんとインタビューしたかったんです。

アンカー:映画の出演も、簡単に決めたようには思えません。特に『誕生日』を選んだ時は。何が一番気がかりでしたか?

チョン・ドヨン:まずは、あまりに大きな悲しみと対面する自信がありませんでした。そしてもう一つ、私は『シークレット・サンシャイン』という作品で子どもをなくす母親の役を演じたので、断りました。断ったのですが、表面的には拒絶したものの、実はシナリオを読んでからは自分の心からこの作品を解き放つことができなくて、2度断った末、気持ちを変えて決めたのでした。

アンカー:勿論今は全く後悔されていないと信じます。

チョン・ドヨン:ええ。むしろこの作品をやれて幸いでしたし、ありがたいと思います。

アンカー:撮影が終わったのはいつ?

チョン・ドヨン:撮影が終わったのは、去年の・・・・・・7月。7,8月だったと。

アンカー:随分たちますね。この後に編集作業があったでしょうから。だとすると、ほぼ8か月ほどたったわけですが。その8か月ほどの時間がチョン・ドヨンさんにとってどんな時間だったのか気になります。

チョン・ドヨン:とてもすがすがしくもありましたし、寂しくもありましたし、しばらく忘れたいと思っていました。撮影の間、毎シーンひとつひとつが難しかったです。それで、『誕生日』について忘れ、忘れようとし、そして次の作品に備えたりしていました。

アンカー:そして今は公開されたので、再び考えざるを得ない、そんな状況になったのですね。

チョン・ドヨン:『誕生日』が公開されると聞き、作品を見たくて事前に一度見たんです。そして、撮影時の記憶と私がこの作品を選んだ時の記憶を思い起こしました。

アンカー:今多くの方が劇場で見ておられますが、同時にどんなことを思うかというと、多くの人がこの映画を見たいと思いながらも、見たくないと思ったりもする気がします。

チョン・ドヨン:はい。

アンカー:なぜそうだと思われますか?

チョン・ドヨン:やはりセウォル号の記憶が、その傷が、あまりに大きく痛いものであるために、みなさん怖がられているのではないかと。
実は私もそうだったんです。だから、恐れられているのだと思います。あの傷がまたうずくのではないかと。

アンカー:では、俳優としてその方々にどんな言葉をかけてあげたいですか?

チョン・ドヨン:この『誕生日』という作品が、かつての傷口をえぐり、再び悲しませようという話であったなら、私もきっとこの映画を選ばなかったと思います。ですがこの『誕生日』という作品は、当事者たちの話でもありますが、私たちの話だという気がして。そしてこれから生きていかなければならない人々についての話だったので、私は選びましたし、そして私たちの『誕生日』がしている話もそういう話だと思うので、たくさんの方々が見てくださったらと思います。

アンカー:映画の中の過程を見ると、他の遺族たちと初めは打ち解けられないスンナムさんの心理、そういったものが出てきます。私は映画を見ながら、かなり理解できました。悲しみを、或いは悲しみに打ち克つ方法というものは、すべての人が同じではありませんので。そういった点でこの映画にかなりの部分共感しました。スンナムさんの思いについて。
結局は誕生日を迎えることで、なんと言いますか。解けると言いますか。
チョン・ドヨンさんは誕生日パーティを迎えるまでのスンナムさんについて、同意されますか?

チョン・ドヨン:はい。実際にシナリオを最初に読んで、初めからスンナムの感情に同意できたわけではないのですが、撮影しながら私もスンナムの気持ちを少しずつ知っていったと思います。そして、スンナムの立場では、息子を心の中から送り出すことができず、だから現実を否定し、見ないふりをし、そして、自分と違うということを認められなかったのだろうと思います。

アンカー:ですが、そうした心理のある流れと言いますか。その流れを追っていく描写がありきたりなものであったなら、ともすれば共感できなかったのかもと。映画の中のそうした心理的な流れが、知らずのうちに同意せざるを得ない姿だったように思います。映画が。
私はちゃんと見れていますか?

チョン・ドヨン:ちゃんとご覧になられたと思います。『誕生日』の監督が文でも書かれたのですが、もし何か感情的にであれ、あの日の記憶であれ、何かを強要するものだったなら、おそらく私も選ばなかったと思います。ですが監督は、ただ淡々と客観的にあの状況を作り出したかったのだと思います。

アンカー:そこに(私も)同意しました。隣人についての部分も色々考えさせられるのですが、映画のいちシーンで、慟哭される場面があるじゃないですか。マンション群に響き渡るほどに。それについての隣人の反応といったものが短く出てくるわけですが。どうでしょう。私の拡大解釈かもしれませんが、それがもしかしたらセウォル号の遺族、あるいはセウォル号の惨事に対する私たち社会の非常に多様なスペクトラムが表れていたように思います。

チョン・ドヨン:その通りです。

アンカー:私が説明し、チョン・ドヨンさんがその通りだと仰るのではなく、私が説明を伺いたい内容なのですが。(笑)

チョン・ドヨン:遺族を見つめる視線、誤解、偏見、そして疲労感。こうした全てが淡々と映画の中に描かれています。そして、そうした姿が隣人たちを通じて映し出されています。ですが隣の家のウチャンのお母さんの姿に関しては、監督の、誰かはそうであって欲しいという願い、誰かは手を握ってくれ、抱きしめてくれるのを願う、そうした思いを描いたものだったと思います。

アンカー:それは演技をしながらも感情移入でき、そのとおりに感じられましたか?当然そうだったとは思いますが。

チョン・ドヨン:そのシーンを撮る時は、仰ったようにマンションが崩れるほど泣くスンナムのシーンで、スンナムが感じなければならない感情があまりに明確だったため非常にプレッシャーでしたし、かなり長い間私が泣かなければならなかったんですが、ウチャンのお母さんが来て私を抱きしめてくれる場面では、その温かさが、感情的に疲れ果て、もう止めたいと思っていたのにその温かさが、また私をその感情に浸らせてくれたんです。ですので、本当に感情的に多くを助けられたと思っています。

アンカー:映画の撮影がすべて終わった後に遺族の方々に会われたと伺いました。

チョン・ドヨン:はい。

アンカー:もし私が俳優であれば、特にチョン・ドヨンさんのような役割を任せられた状況であれば、まず先に会いに行って、何かを感じ、それを演技に投影させたであろうと、常識的にはそう思うのですが、他のお考えがあったのですか?

チョン・ドヨン:怖かったんだと思います。あの方々に直接お会いするのが。そして、シナリオを読むだけでも感じる感情があまりに大きかったので、痛み、悲しみがあまりに大きくて私には耐えられないと思いました。そして、監督が描きたかった話のように、私もスンナムを淡々と演じたかったので、何か感情的に私があまりに溺れるのではないかと、実は一歩引いてはいました。

アンカー:ですが、他のインタビューをちょっと読みましたが、一歩引いてはいらっしゃらなかったようですが?

チョン・ドヨン:え?

アンカー:撮影し、毎日寝込んでいたそうですね。

チョン・ドヨン:ええ。つまり、実は私は感情的には溺れてはいないと思っていたのですが、肉体には疲労がきていたみたいです。それで、撮影を終え家に来ると、寝る時にうんうん唸りながら床についていました。本当に苦痛だったんだと思います。

アンカー:どういう意味なのか、少しは理解できる気がします。
ソル・ギョングさんとは・・・・・・ソル・ギョングさんもかなりの熱演を見せてくださって、18年ぶりの共演だと伺いました。こういう質問がどう受け止められるか分かりませんが、どちらがより頼りにしていましたか?

チョン・ドヨン:お互い頼りにしていたと思います。そして、ソル・ギョングさんと私だけではなく、『誕生日』に参加したスタッフ、そしてすべての俳優が、お互い支えられながら、待ってあげながら、撮影しました。

アンカー:誕生日当日の様子。映画のいわゆるクライマックスですよね。いわゆるロングテイク技法というもので、かなり長い時間カメラ一台でずっと追っていくわけですが、あの日の雰囲気はどんなものだったのか、伺ってもよろしいですか?

チョン・ドヨン:あの誕生日パーティシーンは実は最初にこの作品を選び、全体での台本リーディングをする時も、すべての俳優が避けたんです。あまりに感情的に爆発してしまいそうで、すべての人がみんな恐れていたシーンだったと思います。ですが監督がリハーサルをし、これをロングテイクで一度に撮りたいと仰って、本当にそこにいらしたすべての方が本物の誕生日パーティーに来ているかのように、一つ一つを感じ、互いに励まし、慰めあいながら、撮影しました。そのおかげでちゃんと終えられたと思います。

アンカー:実はこういう話をする時に少し心配なのが、いわゆるネタバレというものですよね。私がここでこれを全て言ってもいいものなのか、質問してもいいものなのか、しばし心配したのですが、でもこうした心配は少しは脇に置くことにしました。なぜならこの全ての話は、私たちがよく知っている話でもあるので。

チョン・ドヨン:誕生日パーティについては、撮影現場の雰囲気などをたくさん見せていますので、大丈夫だと思います。

アンカー:わかりました。スホの妹のイェソル役のキム・ボミンちゃん。私は何と言いますか、すごく驚きました。なぜなら、子役と呼ばれますが、あんなに演技のディテールが生きている子役は、私は初めて見た気がして。

チョン・ドヨン:ボミンちゃんとは以前『全体観覧可』という作品を撮ったのですが、短編で。そこで私の娘として出ていたんです。

アンカー:そうでしたか。

チョン・ドヨン:そこで一緒に演じながら、実は私もちょっと驚きました。それがちょうど『誕生日』で私の娘役だということで、すごく幸いに思いました。そして、子どもの感情は非常に純粋じゃないですか。なのでそうしたものをそのまま込めたくて、監督がボミンちゃんについてはシナリオを読まないで欲しいと要請したんです。ですので、毎シーンを撮るたびにその瞬間に感じた感情をそのまま映し出していました。

アンカー:そうでしたか。今日は他の作品や、今後の作品や、俳優としての計画だとかいうことは、あえて伺いません。ただそのままに・・・・・・。

チョン・ドヨン:私は『誕生日』の話だけでも十分だと思います。

アンカー:そのまま「スホのお母さん」としてお帰り頂くことにいたします。

チョン・ドヨン:ありがとうございました。

アンカー:ありがとうございました。


(韓国語の元記事はコチラ



インタビューの初めから目が潤んでいるチョン・ドヨンさんと、冒頭声が震えるのをこらえるようなソン・ソッキアンカーの姿に、胸がつまります。

セウォル号は終わらない今でもあるので、遺族を演じた方を何の感情移入もなしに見るのはやはり難しいです。



そしてこちらが、『誕生日』の予告動画。




スホのお父さん
もうすぐスホの誕生日ですよね

あなたはどうしてそれがやりたいの?

スンナム
その日はスホもくると思うんだよ

2014年4月以降

私の息子です

残された私たちの話

イェソルは元気よ
私がちゃんとやってあげられないと思って?
ちゃんとやってるよ、私

1年のうちのたった1日
お前を記憶するために
私たちみんながもう一度出会う日


チョン・スホの誕生日です

ソル・ギョング チョン・ドヨン

永遠にお前を忘れないよ

お前がいないお前の
誕生日







予告を見るだけで、胸が締め付けられます。

この映画は本当に評判が良く、見てきた人たちは口をそろえて「みんなに見て欲しい」と言っている映画なのですが、このインタビューでも語られているとおり、つらくてこの映画はとても見ることができないという人が、実は大勢います。

それでもセウォル号で大切な家族を、友人を失った人たちが、この映画の制作をとても喜び、自分たちの映画だととらえていらっしゃると聞くので、本当にそれは幸いに思います。
どんなことをしても癒えることない遺族の方々の悲しみですが、こうして映画にすることで、忘れていない人がいること、寄り添いたい人々がいることが伝わり、少しでも慰めになれるのであれば、それだけでも見るに値する映画であるでしょう。

忘れないこと、寄り添うこと、真実が明かされるよう一緒に声を上げること、そして、あきらめないこと。
また心に刻む4月です。