みなさま、こんにちは。

とても久しぶりの更新ですが、お元気でお過ごしでしたでしょうか?
気づけば今年も残すところ2か月余り。
2024年が終わってしまう前に、いくつかでも駆け足で書いていければと思います。

今年は韓国に滞在している期間が長く、ブログが日本以外で開けない設定になっており、そのためほとんど更新できずにおりました。
なんとか方法が分かり、こうして久しぶりに更新している次第です。

実は私は最近も韓国におり、10月10日のハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞も韓国で知ることになりました。
今日は、ハン・ガンさん受賞を受け、マスメディアで紹介されたエピソードなどをご紹介してみようと思います。

なんと言っても大興奮だったのがノーベル文学賞受賞の一報が届いた翌日。
並ぶのが大嫌いといわれる韓国人が、光化門のキョボ文庫で外の階段まで長蛇の列をなしている様子がSNSでたくさん上がってきていて、なかなか壮観でした。

10月11日付の亜州(アジュ)経済紙によれば、発表の翌日午後2時時点、キョボ文庫でのハン・ガンさんの書籍の売り上げはおよそ10万3千部。キョボ文庫での購買層の36.8%がなんと30代!
続いて40代(20.4%)、20代(18.7%)。男女比でいうと、「女性」が67.4%、「男性」が32.6%。
(亜州経済の記事リンクはコチラ

20代から40代までで75.9%を占めるというのが凄いですよね!
ハン・ガンさんの受賞にビビッドに反応したのは、まさに若い世代の女性たち。

「ということは、本を買いに走った私も、若い女性に含まれる?!」と思った方、続出じゃないですか?
ええ、かくいう私めが、そう思いました。(笑)
いえ、決して若さに拘泥しているわけでは。(とも言い切れない?笑)

「久しぶりに本屋のレジで並びました」、「既に持っているけど、人にプレゼントしようと思って何冊か買いました。ついでに他の本も」など、巷にあふれる嬉しそうな声。「ハン・ガンの本は売り切れで買えなかったけど、書店にたくさん人が集まっていた」と写真入りで紹介するブログなども多々見かけます。
実際私も、光化門のキョボ文庫ではないのですが、別の支店を訪ねたところ、老若男女、バラエティに富んだ多くの人で賑わう姿を目にしました。

案の定ノーベル文学賞受賞特設コーナーは売り切れで、一冊も置かれていなかったのですが、その周りを心なしかみんな嬉しそうな穏やかな表情で巡ったり、別の本を手に取ったり、併設されたカフェでお茶を飲んで時を過ごしていて。お目当てのハン・ガンさんの本が手に入らなくても、だからって皆さんすぐには帰らないんですよね。この嬉しい出来事をみんな無言で分かち合っているかような、そんな温かい空気をキョボ文庫で感じてきました。
私が生きている間に韓国でまたノーベル文学賞受賞者が出る可能性は低いと思うので、みんなが同じ喜びを胸に本屋に集まってくるという、恐らく二度とない光景を目撃できたのだなぁと、あとからしみじみ感じ入りました。
本を買うというのも、一緒に共感したい、この歴史的な瞬間に参加したい気持ちの表れですよね。

ハン・ガンさんは父親も著名な小説家でハン・スンウォン(한승원)さんと仰るのですで、お二人は韓国で最も権威があるとされる「イ・サン文学賞」を親子で受賞されています。親子受賞は唯一だそうです。
ちなみにハン・ガンさんのお兄さんも小説家であり童話作家で、弟さんも小説と漫画を組み合わせた独自のスタイルで創作活動されているそうです。

このお父さんがなかなか文学者らしいクセの強さをお持ちなのは、ハン・ガンさんのお名前からも伝わってきますよね。お名前の「ハン・ガン(한강)」、ペンネームではなく、本名です。「ハン・ガン」は韓国で最も大きな川「漢江(ハンガン)」の同音異義語。お父さんが仰ることには、この名前のおかげで娘のハン・ガンさんは平壌を流れる「大同江(テドンガン)」や韓国で最も長い「洛東江(ナクトンガン)」などと子どもの頃からかわれ続け、文壇デビューとなった作品を応募した際には「賢(ヒョン)」という文字を加え「ハン・ガンヒョン(韓江賢)」というペンネームを使われたのだとか。

ハン・ガンさんは小説家の前にまず詩人として登場し、翌94年に小説『赤い錨(原題:붉은 닻)』がソウル新聞の新春文芸小説部門に当選し、小説家としてもデビューを果たされたのですが、その時点までは「ハン・ガン」ではなく「ハン・ガンヒョン(韓江賢)」というペンネームを用いており、その次の作品から本名で書くようになったと10月11日付のソウル新聞記事が当時の紙面を掲載し報じています。(記事はコチラ

ご本人が仰ってるわけではないので本当に本名が嫌でペンネームにしたのかは分かりませんが、普通に考えたら、「ハン・ガン」という名前が絶対嫌そうではあります。(笑)

ということで、調べてみたところ、名前について語っているハン・ガンさんの映像を見つけました。
ノーベル文学賞受賞を受けて、光州KBSがYouTubeにアップした2005年9月21日放送の映像です。

ここでハン・ガンさんはインタビュー冒頭、名前のことを聞かれて、「自分の名前が嫌だった」と吐露していました。
そうですよね。「隅田」さんの名前が「川」だったら、絶対嫌ですもんね。(笑)

冒頭の名前に関する言及はインタビューの導入に過ぎず、本題はむしろその後なのですが、今日は名前のことについて語っている冒頭の部分だけ、少しご紹介してみます。

司会:何よりも実は、お会いしたらぜひ名前のことをお伺いしてみたかったんです。カン。名前はお父さんがつけられたのですか?
ハン・ガン:はい。みんなにペンネームかと聞かれるのですが、本名なんです。 さんずいの江です。

司会:どうですか、名前に対する愛着もきっとおありかと思うのですが。

ハン・ガン:愛着というよりは、子供の頃は愛憎でしたね。 あまりに変わった名前なので、からかわれたり、目立つので、ちょっと嫌だったんです、ある意味。なので、文章を書くようになれば、二つ目の名前を持つチャンスがあるじゃないですか。名前を変えることができるじゃないですか。それで変えようとチャンスを窺っていて、『新春文芸』の応募の時に変えたんです。

司会:何に変えたんですか?

ハン・ガン:ただカンヒョンに変えました。

司会:カンヒョン?

ハン・ガン:ハン・ガンヒョンと変えたのですが、あとから自分の名前でいいかと思って。江という意味はすごくいいじゃないですか。 なのでまた自分の名前に戻しました。

司会者:カンという名前で姓がまたハンなので、「ハンガン」というのがまた深い感じがするんですよね。若い頃はそれがお嫌だったのですね。

ハン・ガン:はい。あまり好きじゃなかったです、名前。申し訳ない話ですが。


사회자:무엇보다 사실 저는 뵙게 되면 이름에 대한 얘기를 꼭 여쭤보고 싶었어요. 강. 이름은 아버님이 지으신 건가요?

한강:예. 다들 필명이냐고 물어보는데. 그냥 본명이고요. 물 강자 강을 써요.
사회자:어떠세요 이름에 대한 그 나의 애착도 분명히 있으실 것 같은데.
한강:애착이라기보다는 어릴 때는 애증이었죠. 워낙 특이한 이름이기 때문에 좀 놀림도 많이 받고 너무 눈에 띄니까요. 그래서 좀 싫었어요 어떤 면에서는. 그래서 나중에 이제 글을 쓰게 되면 두 번째 이름을 가질 수 있는 기회가 있잖아요. 이름을 바꿀 수가 있잖아요. 그래서 바꿔야지라고 벼르고 있다가 이제 신춘문예 낼 때는 바꿨었어요.
사회자:뭘로 바꾸셨어요?
한강:그냥 강현이라고 바꿨었어요.
사회자:강현?
한강:한강현, 이렇게 바꿨다가 나중에 그냥 내 이름으로 하지 이렇게 생각이 돼서. 강이라는 뜻은 참 좋잖아요. 그래서 다시 제 이름으로 돌아왔죠.
사회자:강이란 이름의 성이 또 한이기 때문에 ‘한강’이 주는 또 참 깊은 느낌이 있더라고요. 어릴 때는 참 그 점이 싫으셨군요.
한강:예. 별로 안 좋아했어요 이름. 죄송한 얘기지만.

 

 

ハン・ガンさん、ペンネームかと思う人、きっと多いですよね。私もまさか本名なのかな、もし本名なら、子どもの頃から大変だっただろうなと思ったので。
でも、ご本人の思いとは関係なく、韓国で初めてのノーベル文学賞受賞者のお名前が、韓国を象徴する「漢江(ハンガン)」と同じだということは、なんだか出来過ぎに感じるほどドラマチックではあります。

ハン・ガンさんは受賞後も静かに暮らしたい、注目されたくないとコメントされているのですが、娘の受賞を受けてインタビューに答える父ハン・スンウォンさんの言葉から、ハン・ガンさんの人物像が見えてくるので、最後にご紹介します。

現在は全羅南道にIターンし、執筆活動を続ける85歳になる父が、娘の快挙を喜ぶ村人と共に祝宴を開こうとしたところ、娘に止められたエピソードを報じる記事。(記事はコチラ
ハン・ガンさんは父スンウォンさんの勧めで、受賞後の会見を出版社で行う予定でいたそうなのですが、記者会見を開く予定だった日の朝、電話で父に取りやめにしたと伝えてきたそうです。
そして、村人に豚の丸焼きをふるまって一緒にお祝いしようとしていた父も、止められたそう。

「いま世界ではウクライナとロシア、イスラエルとガザ、二つの戦場で毎日人が亡くなっているのに、祝宴など開く状況ではない」。

ノーベル文学賞を受賞するにふさわしい方だなと、納得させられたエピソードでした。

ハン・ガンさんにまつわる色んなお話、エピソードが報じられているので、折を見てまたご紹介していけたらと思っています。