みなさま、こんにちは。

秋も深まってまいりました。気づけば今年も残すところあと2か月。
月日が矢のように過ぎていきますが、冬がくる前に韓国のさらに短い秋を楽しみたい今日この頃です。

さて、今日は10月12日から韓国tvNで放送が始まったドラマ『ジョンニョン』について書いてみようと思います。
ディズニープラスで『ジョンニョン:スター誕生』のタイトルで同時配信もされているので、ご覧になられている方もいらっしゃるかと思います。
これがもうほんとに、度肝抜かれる作品なんです。

まずは韓国版のポスター。

 

 

 

 

 

『ジョンニョン』は同名のウェブ漫画を原作にしており、全12回編成。
現在ちょうど半分の6話まで放送が終わったところです。

朝鮮戦争直後、全羅南道の木浦(モッポ)。魚を売って生計を立てる貧しい一家の次女ジョンニョン(キム・テリ扮)が、市場のショバ代をせしめようと暴力をふるうヤクザ者の意表を突こうと、全羅道地域に伝わる民謡『南原山城』を熱唱。その姿を偶然目撃した当代きってのスター、メラン国劇団の男役ムン・オッキョン(チョン・ウンチェ扮)がジョンニョンの才能に並々ならぬものを感じ、国劇の道に誘うのが初回なのですが。

予想をはるかに超えてくる俳優たちの歌の実力に、初回から圧倒されます。
本気と書いてマジと読むとは、まさにこれ。
ほんとにフツーじゃないです。
芸事に、真摯すぎる。本気で究めています。
少しでも歌に覚えのある方ならさらにお分かりかと思うのですが、あの歌声はちょっとやそっとの練習では出せません。
ドラマの中で歌うシーンがあり、さらに劇中劇もこなさなければならないハードさ。
身体表現の説得力がものをいう世界で、俳優さんたちの努力は相当なものだったのではないでしょうか。

現にこのドラマ、2021年から製作の準備が始まり、主演のキム・テリさんは3年間パンソリを習って役作りに励んだのだとか。
脱帽というほかないです。

主役のキム・テリさんだけでなく、大スターを演じるチョン・ウンチェさんも、見事なパンソリの実力!

 

 

キム・テリさんも身長166cmと決して小柄ではないのですが、チョン・ウンチェさんが背が高くて本当にかっこいいんですよね!これは大ヒットの当たり役です。
ちなみにもともとこの役はキム・ヒオラさんが演じるはずだったのが、スキャンダルが持ち上がって降板となり、チョン・ウンチェさんが演じることになったのだそうです。
いまとなってはこの役チョン・ウンチェさんしか考えられないです。

 

『ジョンニョン』は韓国でもほとんどの人が存在を知らなかった「国劇」の舞台をドラマの中でそのまま再現しており、劇の中でさらに劇中劇を、しかもワンテイクで!という非常にチャレンジングな演出がみどころの作品。

「国劇」とは何かについて、「トゥサン百科」のページでは以下のように説明しています。

国劇
要約:ある国における特有の国民性を表した演劇。

韓国では一般的に唱劇と同じ意味で使われる。オペラのように複数の人が配役を分担して舞台で演技を行い、パンソリの曲に台本を乗せて歌う音楽劇である。朝鮮純宗の頃、元覚寺でパンソリの辞説(*)と歌を題材に配役を分けて分唱していたが、その後、次第に演劇に近づき、台本をパンソリ調の節で歌うようになり、本格化した。光復(**)直後、配役を女性だけで構成した女性国劇団が盛んに行われたが、1960年以降ほとんど衰退した。
(*辞説とはパンソリの中で歌以外の言葉で説明する部分のこと。)
(**光復とは、日本の植民地統治から解放された1945年8月15日を指す言葉。)

 

パンソリは歌い手が太鼓の取る拍子に合わせて物語を歌うものですが、パンソリが一人で何役も通しで歌うのに対し、国劇は配役を振り分け、踊りや演劇も披露する総合芸術。

実際にも朝鮮戦争停戦後、女性国劇団は大人気を博し、往年の男役スターチョ・グムエン(조금앵)さんはどこに行っても女性ファンに囲まれ、ファンの求めに応じて仮想結婚式なども行っていたことが、女性国劇団を取り上げた2013年のドキュメンタリー映画『王子になった少女たち』(キム・ヘジョン監督)で描かれているそうです。

60年代に入り、パンソリは朴正煕政権下で文化財に指定されるなど、伝統芸能として保護政策が取られるものの、女性国劇団は保護対象から除外され、以降衰退の一途を辿ることになったのだとか。

 

こちらが『王子になった少女たち』のチラシ。
女性国劇団が大人気だった頃の写真が使われています。

 

 

現実には存在しない、女性たちが理想とする素敵な男性像が、女性国劇団の男役にはあったということなのでしょうね。だからこそ演じる側もファンも熱狂したしたのでしょうし、解き放たれる感覚があったであろうことは想像に難くありません。

国を二分することになる凄惨を極めた朝鮮戦争直後、家父長制と男尊女卑が色濃い暴力的な時代に、女性たちが男性を必要とせず女性たちだけで完結し、楽しみ、喜びを分かち合っていたということは、ある種の脅威だったのかもしれませんね。

実は私は、最初にこのドラマについて知った時、面白いのかなとちょっと疑ってかかっていたんです。
韓国の伝統音楽である「国楽」をベースにすることに、なんだか古臭さを感じていました。
そんな暗い時代に演劇に熱中するなどということがあったのかな、イケメン俳優も出てこないのに視聴率取れるのかな、パンソリの映画「ソピョンジェ」みたいな感じにならないのかな、などなど色々思っていたのですが、反省。(笑)

論より証拠。少し長いのですが1話の冒頭から10分近い映像をご紹介します。

冒頭の登場人物は、子どもの頃のジョンニョンの母。
母は自分とそっくりのジョンニョンに、歌うことを禁じていますが、ジョンニョンは今日も市場で歌っています。

もしかしたら韓国内限定公開の設定になっているかもしれませんので、日本から見られない場合はごめんなさい。

 

 

これをご覧いただくと分かるのですが、このドラマ、歌もさることながら、キム・テリさんの木浦訛りが完璧だということでも話題をさらっています。
キム・テリさんは生粋のソウルっ子なのですが、全羅道の人たちも完璧だと絶賛するほど。
本当に芸事にどこまでも本気だなと、感嘆してしまいます。

こちらはディズニープラス・シンガポールのYouTube公式チャンネルの1分ほどの予告編。
映像は6話までも含めて使われていますが、ドラマの雰囲気をしっかり伝えているのでご紹介します。
字幕は英語です。

 

ドラマがディズニープラスで配信されていることは冒頭に書きましたが、韓国では「韓国人には面白いけど、外国人には伝わらないんじゃないか」という視聴者の声をたびたび見かけます。
伝統芸能の音楽ジャンルで、かつ、パンソリという韓国人もほとんど関心のない分野。そして韓国人も知らなかった女性国劇。
ただでさえ馴染みがない世界なのに、イケメン俳優も出てこない。ドラマの視聴者は圧倒的に女性なのにと。

初回視聴率は4.8%(ニールセンコリア調べ)でした。
地上波とケーブルテレビの違いがあるため単純比較はできませんが、キム・テリさんの直前のドラマ『悪鬼』(SBS)は初回9.9%でしたので、出だしは合格点、くらいの水準だったのですが、回を追うごとに視聴率が伸び、3週目の第6話は13.4%を記録。
見るまでは腰が重いけど、1回見てやめる人は、いません。(断言。笑)

また、K-POPを入り口に韓国ドラマも観始めた海外の視聴者にも十分通じるだろうと初回を見て感じたのが、芸を究めるこの姿勢。ピシッと一糸乱れぬ群舞。
「K-POPの源流は、これか!」と妙に合点がいくのではないかと思われます。(笑)
文化には、受け継がれるスピリットがありますよね。

さらに、夢を実現させようと頑張る貧しい田舎の女の子のサクセスストーリーという設定や、女性たちの切磋琢磨、連帯、シスターフッド。胸を打たれる師弟愛。なによりも、素晴らしく説得力のある俳優の演技力。
普遍的テーマを抱えたドラマなので、韓国ドラマに造詣の深い日本の視聴者はもとより、それ以外の国でも十分このドラマに魅了される方がいるのではないかと思います。

本当に面白いドラマで、まるで映画を観ているような濃密さに毎回全身に力が入ってしまいます。
機会があればみなさまも是非ご覧になられてみてください。

最後に、同じものですが日本語字幕のついた予告編も載せておきます。