みなさま、こんにちは。

11月に入って最初の土曜日は夏のように暑かったソウルも、一昨日から気温が下がり始めました。秋をゆっくり楽しみたかったのですが、駆け足で冬が来てしまいそうです。
さて今日も、ドラマ『ジョンニョン:スター誕生』について書いてみようと思います。

日本ではDisney+で配信されている『ジョンニョン:スター誕生』。
今ちょうど12話中8話まで終わっています。
こんなに素晴らしいドラマがあと4回で終わってしまうなんてと思っただけで、既に悲しいです。
今日は8話までを踏まえて、劇中劇として初回から登場している『自鳴鼓(チャミョンゴ)』について、出展や時代、所在していた位置に関する論争などについて書いてみようと思います。

『自鳴鼓(チャミョンゴ)』はメラン国劇団の看板演目で、初めてジョンニョンが大スター、ムン・オッキョンに誘われて観に行った舞台の演目。
ジョンニョンはすっかり魅了され、自分も国劇をやりたいと夢見るようになるのですが。

 

こちらが『自鳴鼓(チャミョンゴ)』が初登場した第1話の公式予告動画。

 

 

 

『自鳴鼓(チャミョンゴ)』は『ジョンニョン』で登場する前に、2009年、SBSが同名ドラマを制作しています。
チョン・リョウォンさん、パク・ミニョンさん、チョン・ギョンホさん主演とかなり豪華なので、私は未見ですがご覧になられた方もいらっしゃると思います。

こちらが2009年のSBSドラマ『自鳴鼓(チャミョンゴ)』のポスター。

 

 

 

 

どちらも「楽浪王女(ナンナクコンジュ)」と高句麗の王子「好童(ホドン)」が物語の主人公。

紅顔の美青年、好童(ホドン)が楽浪国を高句麗の配下に置こうと自分に対する王女の恋情を利用して結婚を餌にそそのかし、敵の襲来を自ら音を鳴らして知らせる楽浪国の「神器」である「自鳴鼓」を破っておくよう言いくるめる。好童への恋情が父や祖国への忠誠より勝ってしまった王女が好童の言うがままに「自鳴鼓」を破り、高句麗の侵略を許してしまう。それを知った楽浪国王、チェ・リ(崔理)は娘を殺し、高句麗に降伏、楽浪国は滅亡する。

というのが、演劇やドラマ、昔話として広く知られている「好童王子と楽浪王女」の説話です。
これだとあまりに非情だということなのか、絵本などではロミオとジュリエットを彷彿させる悲恋として描かれています。

こちらは『好童王子と楽浪王女』と題した絵本。

 

 

 

この絵本では、狩りに出て颯爽と獲物を狩る好童王子の顔を見て高句麗の王子と気づいた隣国楽浪国の国王が自分の国に連れて行き、宴を開いてもてなし、ころあいを見て娘を宴席に呼び、二人を引き合わせます。
互いの美しさにすぐに惹かれ合う好童王子と楽浪王女。
二人が結婚すれば国も安泰と考えた楽浪王は二人で過ごすことを許し、二人は長らく時を過ごすのですが、高句麗に帰って結婚の許しを得てまた連れ帰ると約束し、好童王子は楽浪国をあとにします。
ところが高句麗の王は南進するまたとない機会ととらえ、楽浪国を守る太鼓である「自鳴鼓」と角でできた喇叭(ラッパ)を壊すよう命じ。仕方なく好童王子は楽浪王女に手紙を出し、結婚を許してもらうために自鳴鼓と笛を壊すよう言い含めます。
好童王子に言われた通り、国を守る宝である自鳴鼓を壊し、高句麗軍の侵略を助けた楽浪王女は、激怒した楽浪王に殺され、王女の亡骸を見て悲しみに打ちひしがれながらも、好童王子は楽浪国を攻め切り、高句麗のさらなる国土拡大を図ったという内容。

自鳴鼓の役割はそのままに、ディテールは各自の想像力で異なるのがポイントですね。

SBSのドラマでは「自鳴鼓」は太鼓ではなく人だった、という想像力で物語を展開し、ドラマ『ジョンニョン』の劇中劇のキャラクターには、好童王子の下で密偵として楽浪国で働くクスルアギ/クスラギや、漢の宰相コミゴルが登場しますよね。

tvNの『ジョンニョン』公式サイト内「写真帖」に「本日のキャスト」と書かれた劇中劇のポスターと出演者、あらすじを紹介するコーナーがあるので、ご紹介してみます。(出展ページはコチラ)

 

まずは劇中劇「自鳴鼓」のポスター。

 

 

 

 

この古臭さ、たまりませんね。(笑)

メラン国劇団は漢字で「梅蘭(メラン)」と書かれてます。

 

キャスト紹介。

 

 

 

キャストが「キャースト/캬-스트」と伸びてるのが、地味に気になります。(笑)
韓国語に長音ないのですが、時代考証的にはあったのでしょうか。

注目すべきは役名。
好童役ムン・オッキョンの隣り、楽浪王女は「木蓮(モンニョン)」とちゃんと名前があります。
ここは原作ウェブ漫画のとおりの設定なのですが、古代史を扱ったこの説話、高句麗の王子には好童という名前がありますが、楽浪国の王女は「楽浪公主(王女)」とあるだけで実際には名前は分かりません。
コミゴル役ホ・ヨンソ、クスルアギ(クスラギ)役ホン・ジュラン、軍卒1役ユン・ジョンニョンと続いています。

 

そして「自鳴鼓」のあらすじ。

 

高句麗の好童王子はいつ攻め入られるかも知れぬ楽浪の脅威に、深くさいなまれていた。
特に、楽浪の自鳴鼓は敵の出現を予告する神秘の物体であるため、これを破壊する方法を探るべく仲間と冒険を始める。

その過程で好童は男装の侍従、クスラギの手を借りて楽浪の密偵を捕らえ、楽浪王女の木蓮が自鳴鼓を管理していることを突き止める。
二人は互いに強く惹かれ合うが、戦の影が彼らを脅かす。
結局、好童は木蓮と恋に落ちながらも、彼女を守るため戦場に向かう。
クスラギの嫉妬に諮られた木蓮は自鳴鼓を裂き、好童に書信を送る。

木蓮は父の憤怒により死し、好童は悲しみの中で彼女と最後の歌を歌う。

恋の悲劇を目の当たりにした好童は、二度と戦争は起こさないと誓い、愛の意味を深く刻む。

 

コミゴルにそそのかされたクスラギが王女をはめて、自鳴鼓を引き裂かせてしまうという展開。
ドラマが進む中でこのシーンも登場するでしょうから、楽しみにしたいところです。

上記のあらすじにはコミゴルについての記述がないのですが、実はこのコミゴルの設定を見ると、歴史をどう捉えているかが見えてくる部分があったりします。
コミゴルの誘惑を振り払うクスラギのセリフはこうです。

더러운 말 듣기 싫어!
고미걸. 한나라의 재상이라지만 나는 당신이 싫습니다.
汚い言葉は聞きたくない!
コミゴル。漢の宰相とはいえ、私はあなたが嫌いです。

 

한나라의 재상/ハンナラエ チェサン。
素直に聞けば、これは「한 나라의 재상/一国の宰相」ではなく、「한나라의 재상/漢国の宰相」です。

オッキョン先輩演じる好童王子も、劇中で歌う歌詞に「上からは漢国が、勢いよく攻め入り、東からは楽浪が隙をぬって忍び込む。我が国の身の上のなんと哀れなことよ」とあるので、やはりここは「漢の宰相」を指しているのでしょう。

 

ここでよぎる疑問。

「楽浪国に漢の宰相がいる?
この劇中劇の『楽浪国』は漢が設置した『楽浪郡』のことなのかな?」。

実はこの「自鳴鼓」、古代史研究における大きな論争の的なんです。
正確には、自鳴鼓ではなく、自鳴鼓があったとされる「楽浪国」の存在が。

高句麗はドラマで一気にその名を知られた「朱蒙(チュモン)」が建国した国で、好童王子は高句麗の3代目の王、テム神王(大武神王、4年~44年10月)の息子なのですが、実は好童王子と楽浪王女の悲劇については、古代史について書かれた『三国史記』に記述があります。

『三国史記』は高麗王、仁宗(インジョン)の命を受けて金富軾(キム・ブシク)らが1145年(仁宗23年)に完成させた三国時代史。韓国に現存する最も古い歴史書であり、高句麗・百済・新羅の三国時代の各国の興亡と変遷を記述した正史体の歴史書です。

この『三国史記』の『高句麗本記』の中に好童王子と楽浪王女の悲劇が書かれているのですが、そこではっきりと「楽浪国」、「楽浪国王」との記述があるのです。

時は大武神王15年(西暦32年)。以下抜粋してみます。

 

『夏4月、好童王子が沃沮を遊覧していた。その時、楽浪王崔理(チェ・リ)がそこを通りかかり、彼を見て尋ねた。

「あなたの顔を見るに、普通の人ではない。 あなたは北の国の神王の息子ではないか?」

楽浪王崔理はついに彼を連れて帰り、自分の娘を妻にするようにした。その後、好童は本国に戻り、密かに妻に人を送り、伝えた。

“もし貴方が貴国の武器庫に入って太鼓を引き裂き、ラッパを壊してしまうことができれば、私は礼を尽くして貴方を迎え入れるが、そうすることができなければ、貴方を迎え入れることはできない。”

かねてより楽浪には太鼓と喇叭(ラッパ)があったが、敵兵が現れるとひとりでに音を出すので、彼女にそれを壊させたのである。これに対し、崔氏の娘は鋭いナイフを持ち、人知れず武器庫に入り、太鼓を引き裂き、喇叭を壊した後、好童に知らせた。好童は王に勧め、楽浪を襲撃した。崔理は太鼓と喇叭が鳴らないため備えをせず、我が兵士たちが音もなく城の下までたどり着いた後、初めて太鼓と喇叭がすべて壊されたことを知った。 彼はついに自分の娘を殺し、外に出て降伏した。[楽浪を滅亡させるために求婚し、彼の娘を連れてきて嫁にした後、彼女を本国に送り返し、その兵器を壊させたという説もある。]』

夏四月 王子好童 遊於沃沮 樂浪王崔理出行 因見之 問曰 觀君顔色 非常人 豈非北國神王之子乎 遂同歸 以女妻之 後 好童還國潛遣人 告崔氏女曰 若能入而國武庫 割破鼓角 則我以禮迎不然則否 先是 樂浪有鼓角 若有敵兵 則自鳴故令破之 於是 崔女將利刀 潛入庫中 割鼓面角口 以報好童 好童勸王襲樂浪 崔理以鼓角不鳴不備 我兵掩至城下 然後知鼓角皆破 遂殺女子出降[或云 欲滅樂浪 遂請婚 娶其女 爲子妻 後使歸本國壞其兵物]

原典を見るに、好童はとんでもないやつですね。(笑)
ちなみにこの後さらに『三国史記』で好童の記述は続き、11月には自殺してしまいます。
後妻の子だった好童が後継者にならないよう、本妻が「私を手籠めにしようとした」と嘘で陥れ、好童はさしたる反論もせずに自ら命を絶つことで王室の争いにピリオドを打ったというもの。
このことから、本当は楽浪王女にひどいことをしたのを苦にしていたのではないか、本当は自分も愛していたのではないかなどの想像力が生まれるわけですが、その話はわきに置いておいて、ここでの私の関心事は、楽浪です。

楽浪と言えば、古代朝鮮が漢に滅ぼされたあとに設置された漢の直轄地、いわば漢の植民地のような場所なのですが、400年ほど続いた後に高句麗に征服されました。それが正確に一体どのあたりにあったのかが、焦点なのです。

高句麗やそれ以前の古代朝鮮の領土が、今の朝鮮半島に収まらない現在の中国の領土に広範囲に渡っていたことは様々な歴史書や遺跡が示すところなのですが、長い間、現在の北朝鮮の平壌辺りに楽浪郡が置かれていたというのが通説になってきました。
ですが、中国古代史を編纂した『漢書』地理誌には、楽浪郡は古代遼東にあったとあります。
また、朝鮮半島側の古代歴史書『三国史記』にも「楽浪国の王、崔理」とあり、さらに西暦37年には滅亡との記述が出てきます。
「楽浪郡」は中国の漢の武帝が古朝鮮の衛氏朝鮮を滅ぼした後に紀元前108年に設置し、313年に高句麗の美川王に滅ぼされるまで400年に渡って続いたのですが、「楽浪国は滅亡した」という記述から300年も一体どうやって続いてきたのか、説明がつかないことになります。

『三国史記』で崔理が好童王子に「あなたは北の国の神王の息子ではないか?」と声をかけたとあることから、高句麗よりも南にあったことは確か。かつ、高句麗からも楽浪国からも沃沮が近いということは、場所的には確かに平壌辺りであっていそうだけど、そうすると、色々辻褄の合わないことや他の歴史書との矛盾が出てきます。

名前の「楽浪」は同じだけど、違う楽浪だということを最初に歴史書で提唱したのは、朝鮮後期に生まれた歴史家であり、のちに独立運動で投獄され獄中で病死する申采浩(シン・チェホ/신채호 1980~1936)先生でした。

20世紀以降、好童王子と楽浪王女の物語が大衆文学の中心的な素材として浮上したそうなのですが、申采浩先生が獄中で書き、1931年から新聞連載が始まった歴史解説書『朝鮮上古史』が1948年に発刊され、ここで楽浪国を詳細に扱ったことがきっかけとなっているそうです。

申采浩先生は、著書の中で『三国史記』の編者である金富軾(キム・ブシク)が、儒教的観点から歴史を著述する事大主義者(力の強い外勢に盲目的に従ったり服従する人のこと)であると厳しく批判しているのですが、それとは別に、金富軾が記述している「楽浪国」は漢の武帝が設置した「楽浪郡」(北楽浪)とは別の、「崔氏楽浪国」(南楽浪)という独立国家であった、二つは別物だと書いています。
漢の影響下にあった北楽浪(楽浪郡)は遼東半島に、南楽浪(崔氏楽浪国)は現在の平壌一帯に存在したと。
ただし、現在では古代遼東半島、現在の河北省のあたりに楽浪郡があったのだろうという説が力を持っているようです。

興味深いのが、2001年に北朝鮮の史学界が平壌にある古墳3000基の発掘調査を行った結果、漢の影響を物語る遺跡はひとつもなく、古代朝鮮の遺跡ばかりが出土されたとこと。2022年9月には、平壌の楽浪区域に楽浪博物館を竣工しました。

遺跡はかなり雄弁な、動かぬ証拠ですよね。
南北関係が良好な時期は歴史研究者たちが歴史研究や交流を積極的に進めていたので、実際に韓国の歴史学者たちも見に行って、共同研究を深めたら、歴史学会みんなが納得する結論に達して楽浪国問題は完全にピリオドを打てるかもしれません。

『ジョンニョン』の魅力的な劇中劇『自鳴鼓』の舞台である「楽浪国」が、学界では漢の「楽浪郡」とは別のものなのかどうなのかと喧々諤々両者一歩も譲らない論争の題材に今現在もなっていることを知り、一歩深いところに分け入った気がしていたのですが、実は私は前述したように、はじめは『ジョンニョン』の劇中劇『自鳴鼓』でも「楽浪」を「楽浪郡」と通説通りの解釈をしているのだろうと思っていたんです。
実際、「通説通り」にしたからと言って、劇中劇の話なのでそこまで問題にはならないので。

日本では公開制限されているYouTubeのtvN DRAMA公式チャンネルにドラマガイドつきで6話の劇中劇をまとめた映像(「연기 차력쇼로 화제 된 ‘정년이’ 국극! 가이드와 함께 보는 ‘자명고’/演技のマジックショーで話題になったジョンニョンの国劇」)があるのですが、そこで以下のガイドで改めて内容を確認して、膝を打ちました。

〈1幕1章〉簡単説明
高句麗の好童王子は、隣国楽浪のおかげで心配が絶えない。
漢と手を結んだ楽浪がいつ高句麗に攻め入るか分からないためだ。
その上楽浪国の自鳴鼓は、敵が現れると自然に太鼓を鳴らす不思議な力を持つ物なのだ。

「楽浪国」を「高句麗の隣国」と説明しています。そして、漢と手を結んだと。

さらに第3幕、楽浪国に駐在する漢の宰相コミゴルのセリフ。

「好童と木蓮が結婚の約束だと?駄目だ、それは駄目だ。高句麗と楽浪は憎みあわなければならぬ。互いに小競り合いしつつ力を消耗してこそ、我が大漢がごくりと丸のみできるというのに。そのうち和親など結ぼうものなら、どうしたものか?」

その後に続く、「木蓮がいなければ、クスラギお前を妾にしたものを」などのセリフから、漢の影響力の強さを匂わせつつも、高句麗と和親を結ぶかもしれない、つまりは独立国家であると描くところが、絶妙なバランス!
この解釈だったら、「歴史考証が違う」とどちらからも文句を言われずにすみます!(笑)

『ジョンニョン』、劇中劇を深堀してみても思わぬ発見があって面白いです。