みなさま、こんにちは。

ひと雨ごとに暖かくなるはずのこの季節。
多くのみなさまと同様、私も冷たい雨のなか一日を過ごしました。
明日もぐずついて寒くなるところが多いようなので、花冷えの季節、みなさまも風邪など召されませぬようお気をつけください。

さて今日は、やっと引き揚げられたセウォル号にまつわる話を、ルシッド・フォールの歌“まだ、いるよ”(邦題仮)をご紹介しつつ書きたいと思います。


大統領になってはならなかった人が罷免されたと同時に引き揚げられることが決まった、セウォル号。
約3年近くも海の底に沈められたままだったセウォル号は、大統領が罷免された12日後、事故から1073日目にして急遽引き揚げられることになりました。

人々が固唾を呑んで見守る中、22日に引き揚げが始まり、今日ようやく船体すべてを無事海からあげるのに成功したところです。

姿を現したセウォル号の無残なさまを見ながら、ようやく引き揚げられた安堵とともに、どうしてこんなことになったのか、なぜ今までやらなかったのかという怒りや、犠牲になった方々やいまだ見つかっていない9名のご家族はどんな思いだろうと心が終始悲しく、今日書くお話は楽しいものになりそうにありません。
今日は私なりの鎮魂の祈りを込めて、書き進みたいと思います。


2014年の4月16日に起きたセウォル号沈没事故。
事故に関しては日本でもかなり報道されましたので、みなさまもご存知だと思います。

すべての市民が、なすすべもないまま沈んでいく船を見ているしかなかったあの日。
あの日の衝撃は大きな心の傷となって、いまだ人々の心の中に癒えることなく残っています。
私自身もあの日は朝からニュースを見ていたため、事故の一部始終を茫然自失で見届けました。


事件から丸三年を目前にした21日の夜に、突如発表されたセウォル号の引き揚げ。
あれだけ「出来ない」と言い続けていた政府が、青瓦台に居座っていた人がいなくなった途端突如やると発表したため、人々の間には期待と憂慮をない交ぜにした緊張が走り。
翌22日の午前10時から引き揚げのテストが行われ、それから5時間半後の午後3時半、船体を海底から1メートル引き揚げるのに無事成功するまで、人々はふたたびテレビに釘付けになりました。
もし失敗したらどうしようとみんなが心配していた引き揚げテストが成功しただけでなく、その日の夜中には本格的な引き揚げ作業に移行するとの発表を受け、巷でも歓喜の声が上がったのはいうまでもありません。

セウォル号のニュースに接し、多くの人々が祈るような思いで船体が損傷なく引き揚げられるよう願っていた夕方6時過ぎ。
とある「事件」が起きました。

江原道の空に浮かび上がった、とても不思議な雲。
まるで、セウォル号沈没事故の犠牲者を悼む黄色いリボンをさかさまにしたような雲が、夕焼けの空に現れたのです。









見た人たち誰もが息を呑む、まさにセウォル号のリボン。
夕日を浴び、黄金色に輝いてさえいます。

この写真はSNS上で瞬く間に拡散されました。

あまりにはっきりとセウォル号のリボンをかたどっているため、合成写真ではないかと勘繰る声も出たほどですが、合成写真ではないのは検証済みの上、この日は空軍による訓練も行われていなかったそう。


同じ雲は江原道の別の場所でも撮られていて、他にもこうした写真が共有されていきました。














約3年もの歳月を経てセウォル号引き揚げが始まったその日に現れた雲に、人々は厳粛な思いに駆られずにはおれませんでした。
天からのメッセージのように多くの人が受け取りましたし、私もそう感じたうちの一人です。

このセウォル号のリボンをかたどった雲はたくさんの有名人、芸能人たちも自らのSNSにアップされていましたので、ご覧になられた方もいらっしゃるかもしれません。
俳優のチソンさんやコ・ギョンピョさん、ムン・ソリさん、ソン・テヨンさん、歌手のペク・チヨンさん、SISTARのソユさん、Apinkのウンジさん、スーパージュニアのイトゥクさんなどの名前が挙がっていました。
セウォル号においては、誰しも思い願うことは同じなんですね。


空が描いたセウォル号のリボン。
天に召された人たちからのメッセージのようでもあり、もしかしたらいるかもしれない神様からのメッセージのようでもあり。
戦慄をも覚えさせる自然現象でした。


それから4日。

今日ようやく船全体が半潜水式運搬船に乗せられるにいたりました。ひとつの大事な工程が無事終わったことに人々は大きく安堵するとともに、次なる工程である未発見者9名の方々の捜索と、その後の事故原因究明へと監視の目を移していっています。


大きな節目を迎えることになった今日、4ヶ月前に放送されたソン・ソッキさんのJTBCニュースルームを、そこで流れた歌とともにご紹介しておきたいと思います。


私も含め、韓国でもっとも信頼されている言論人、ソン・ソッキさん。
JTBC報道局の社長でもあるソン・ソッキさんについては、これまでも記事で何度かご紹介しています。
ソン・ソッキさんは、今回の大統領側の不正腐敗を徹底追及し、人々に向けて断固たる態度で真実をつまびらかにし続けてくれた、弾劾を勝ち取る上で最も善なる影響力を発揮した人物ですが、ソン・ソッキさんは今回に限らず、セウォル号事件が起きた当初からどこの誰よりも事件を忘れさせまいと報道し続けた人でもありました。

ソン・ソッキさんはニュースの中で「アンカーブリーフィング」という格調の高いコーナーを受け持っているのですが、私をはじめとした多くの視聴者がことさら涙に暮れた日がありました。
『質問する理由-後のことを任せられたからです』と題された、今からご紹介する11月22日放送分の「アンカーブリーフィング」がそれです。


修学旅行で済州島に行くために乗り合わせていた檀園高校の生徒たち。
たくさんの高校2年生の生徒たちがセウォル号とともに海に沈められてしまったことは周知のとおりですが、その高校生たちを悼むための「記憶(のための)教室」が場所を変えて新たに公開されたことを伝えながら、子どもたちを救うべく海に潜り、でもついぞ一人も生きて助け出すことが出来ず、そのことを苦にして体ばかりか心を壊し、自らあの世に旅立ってしまった潜水士について触れた、この日のアンカーブリーフィング。
















その短くも胸が張り裂けそうに悲しい話の最後に流れた歌。








「燦爛たる墜落」を意味するルシッド・フォールが、セウォル号で犠牲になった高校生たちを悼んでつくった歌、『아직, 있다/まだ、いるよ/Still There, Still Here』(邦題仮)でした。


震えがくるほどセウォル号の犠牲者そのものを歌った歌詞に驚きながら、この夜、多くの人々がこの歌を検索しました。
まるでセウォル号の犠牲者が、生き残った友人たちに呼びかけるような歌詞。
その呼びかけは、まさにあの時の生き残った高校生たちに、人々に、どうか生きて欲しいと願う私たちの思いと重なるものでした。

ルシッド・フォールはチョ・ユンソク/조윤석さんという方の芸名で、2001年以来これまでに7枚の正規アルバムを発表されています。その前の1998年にも「ミソン」というバンドでデビューされています。
1993年、ソウル大学1年生の時に「ユ・ジェハ音楽コンクール」で銅賞を獲得した経歴の持ち主だそうです。










ソン・ソッキさんの「アンカーブリーフィング」で流れた歌『아직, 있다/まだ、いるよ/Still There, Still Here』は2015年の12月に発表された7枚目のアルバム“누군가를 위한,/誰かのための、”に収められている曲でした。










実はルシッド・フォール、日本でも2013年に正規のベストアルバムを発売されているので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
ルシッド・フォール/Lucid Fall、てっきり「輝ける秋」かと思っていたのですが、ご本人がとあるポッドキャスト番組の中で「Fallは‘墜落’の意味」と述べられたことがあるそうです。
私はその該当するポッドキャストは見つけられなかったのですが、もしも本当に「燦爛たる墜落」を意味してつけたのでしたら、その詩的さが似合いすぎて悲しいほどです。


というわけで、昨年11月22日に放送されたJTBCニュースルームの「ソン・ソッキのアンカーブリーフィング」と、その中で流れているルシッド・フォールの『아직, 있다/まだ、いるよ/Still There, Still Here』を続けてご紹介します。






檀園高校の「記憶教室」。高校2年で止まらなければならなかったあの教室が、安山教育庁の建物に臨時移転し、公開されました。

教室には今日も授業が行われているかのような温もりが感じられ、机の上にはたわいもない落書きのあとが残されています。同い年の友人たちは去年受験を迎えたでしょうし、浪人した友たちは数日前に受験を終えたことでしょう。

そしてキム・グァンホン潜水士。

セウォル号の民間潜水士であり、心と体が傷ついて、今は向こうの世界に行ってしまった人。

冷たいバージ船の上で毛布一枚に身を委ねて眠り、海の奥深くから子どもたちを両手で抱えて出てきた人。

潜水士が最後にこの世に残した言葉は、「後のことをお願いします」でした。

大統領が7時間の間どこで何をしていたかが私たちにとってなぜ重要なのか。弁護人が言うような「女性のプライバシー」? 
私たちはそれが知りたいのはありません。

大統領は「私的なすべての関係を絶ち、家族とも会わず、一分一秒も休まずに働いている」と言いましたが、むしろ個人の私生活と私的な友人関係。これらは大統領であっても決して例外ではない、誰にでも当然許されるべきものだと私たちは考えています。
幸せな大統領が幸せな社会を作れると信じるからです。

私たちが知ろうとしているのは、17歳の子どもたちが傾いていくあの船の中で、ただ「おとなしくしていろ」とだけ言われ続けていたその時間に、たとえ「コントロールタワーではない」と強弁するにせよ、それでも何かはしなければならなかったはずであろうあの場所で、何が行われていたかが知りたいだけです。

だから私たちは忘れないために、今日も質問します。
私たちは彼らに、後のことを任されたからです。







아직, 있다.


친구들은 지금쯤
어디에 있을까
축 처진 어깨를 하고
교실에 있을까

따뜻한 집으로
나 대신 돌아가줘
돌아가는 길에
하늘만 한 번 봐줘

손 흔드는 내가 보이니
웃고 있는 내가 보이니
나는 영원의 날개를 달고
노란 나비가 되었어

다시 봄이 오기 전
약속 하나만 해주겠니
친구야,
무너지지 말고
살아내 주렴

꽃들이 피던 날
난 지고 있었지만
꽃은 지고 사라져도
나는 아직 있어

손 흔드는 내가 보이니
웃고 있는 내가 보이니
나는 영원의 날개를 달고
노란 나비가 되었어

다시 봄이 오기 전
약속 하나만 해주겠니
친구야,
무너지지 말고
살아내 주렴


友人たちは今頃
どこにいるのかな
すっかり肩を落として
教室にいるのかな

暖かい家に
僕の代わりに帰って
帰り道の途中
空を一度だけ見上げてほしい

手を振る僕が見える?
笑っている僕が見える?
僕は永遠という翼をつけて
黄色い蝶になったんだ

ふたたび春が訪れる前に
ひとつだけ約束してくれるかい?
友よ
潰れることなく
生き抜いておくれ

花々が咲いた日に
僕は散ってしまったけど
花が散り 消えうせたとしても
僕はまだいるよ

手を振る僕が見える?
笑っている僕が見える?
僕は永遠という翼をつけて
黄色い蝶になったんだ

ふたたび春が訪れる前に
ひとつだけ約束してくれるかい?
友よ
潰れることなく
生き抜いておくれ




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冷たい海の底に沈められたままだった真実の一端がようやく光の中に姿を現した今日。

忘れないこと、寄り添うこと、真実が明かされるよう一緒に声を上げること、そして、あきらめないこと。

共同体の一員として自分にできることといえばそれしかありませんが、大海のほんのちいさな一滴にでもせめてなれればと願う今日の日です。