みなさま、こんにちは。

ついこの間年が明けたかと思いきや、既に2月に突入です。
ただでさえ短い2月がまたあっという間に過ぎていく前に、書こうと思ったことは書かないといけません。
気づいたら初夏、なんてことのないように。(笑)

というわけで、今日はドラマ「PACHINKOパチンコ」が米国クリティクス・チョイス・アワード(放送映画批評家協会賞)の外国語テレビドラマシリーズで最優秀外国語ドラマ賞を受賞したことなどを取り上げてみようと思います。

 

 

まずはドラマの原作となっているアメリカの小説「PACHINKO」についてご紹介。

「PACHINKO」は在米コリアンで移民1.5世のイ・ミンジンさんによって書かれた大河小説。
2017年の出版以来全米で大反響を巻き起こし、発刊の年にニューヨークタイムズやBBCが「今年の本ベスト10」に選出、オバマ前米大統領も薦めるなどドラマ化される前から話題のベストセラー本です。

 

 

著者のミンジン・リー(イ・ミンジン)さんは1968年韓国生まれですが、小学2年生の時両親とともにアメリカに移民に行ったため、「1.5世」と紹介されることが多いです。
「2世」だと完全に移民先生まれ、「1世」は韓国生まれを指すのですが、子どもの頃に渡った場合は「1.5世」といったりします。

すごく面白いことに、ミンジン・リーさんは自身は在米コリアンでありながら、在日コリアンのことを小説に書いたんですよね。それが全米のみならず世界中の言語に翻訳され、さらにはドラマ化までされてしまったという。
この場合、在日コリアンではなく、「在日朝鮮人」というのがふさわしい表現ですね。

小説は朝鮮半島が日本に植民地支配されていた時代から始まり、植民地時代に日本の大阪・鶴橋に渡ってきたソンジャの物語をソンジャの親の世代から孫の世代まで4代にわたって綴っています。

日本でも翻訳が文藝春秋から上下巻で出ています。

 

 

上記が日本で出版されている表紙ですが。
帯がない画像を探すのがなかなか大変でした。
なぜなら、帯がいきなりネタバレしてるのです。まだ読んでない人に向かって。
「それ書いちゃダメじゃん!」みたいな。(私だけ?笑)

原文は英語で書かれていますので、韓国でも翻訳本が出ています。
最初の翻訳本は版権が切れたので、去年の8月に新しく出たものをあげておきます。

 

 

去年の10月現在の新聞記事によれば、世界33か国で翻訳出版されたそうです。

全米ベストセラー本が世界中に知れ渡ったのは、この壮大な物語がドラマ化されたから。

およそ1億3千万ドル(約1000億ウォン)という破格の製作費を投じオリジナルドラマを制作した米国企業「Apple TV+」によって独占放送されたシリーズ1作目(全8話)は、公開直後から大きな反響を呼び、既にレッドオーシャンであるOTT業界に飛び込んだ後発組「Apple TV+」のキラーコンテンツとなりました。
シーズン1最終話公開と同時にシリーズ2の制作発表があり、全世界の「PACHINKOパチンコ」ファンは首を長くして待っているところです。

 

というわけで、「パチンコ」オープニング映像。

 

 

 

タダモンじゃなくないですか、オープニング?
すごいな、このセンス。
私、これ見ただけで7割持っていかれました。なんてちょろいんだろう。(笑)

ドラマ「PACHINKOパチンコ」は、小説が描いていないディテールやエピソードをふんだんに盛り込み、原作に厚みを持たせたことでも評価されているのですが、日本が朝鮮半島を植民地支配していた時代から始まっているため、時代考証にも力を入れた本作は、歴史考証の諮問委員だけで400人以上なのだそうです。
歪曲や事実誤認が挟まれたらもはやすぐに視聴者が気づく時代ですので、歴史考証は大事ですよね。

脚本および制作のスー・ヒュー(韓国名ホ・スジン)を筆頭に韓国系コリアンが中心となって作られた在日朝鮮人一家4代にわたる物語がアメリカ資本によってアメリカドラマとして作られ、各国言語に翻訳されネットで視聴されているということ自体がとても不思議な感じがするのですが、この物語がさらにアメリカで大きな賞を受賞するほど受け入れられたということも驚きです。

クリティクス・チョイス・アワード(放送映画批評家協会賞)の最優秀外国語ドラマ部門は、去年はNetflixオリジナルドラマの「イカゲーム」が受賞。さらにその前の年、一昨年は最優秀外国語映画賞を「ミナリ」が受賞と、3年連続で韓国・韓国系作品がトロフィーを獲得しています。
「パチンコ」の競争作だった「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」も捨てがたかったですけどね。
でも「パチンコ」と競争したら、どんな作品も勝てないかな。(笑)

ちなみに去年「イカゲーム」が受賞した同じ時に最優秀外国語映画は、日本の「ドライブ・マイ・カー」でした。

「外国語ドラマ」、「外国語映画」と書いておりますが、本来的には「非英語」という方が正しいでしょうね。「外国語」というのは英語を基準に置いた時の表現なので。

アメリカにおけるドラマ「PACHINKOパチンコ」の人気の秘訣は、「風と共に去りぬ」の感覚で観ているからなのだそう。
そう聞くと、腑に落ちます。
日本と朝鮮半島の間にどういうことがあったのか、米国をはじめほとんどの国の人たちはよく知らないわけですが、「ミナリ」が移民の国アメリカの心の琴線に触れたように、「PACHINKOパチンコ」からも普遍的テーマを感じ取ったり、自分たちのコードに合うなにかを見出しているのでしょう。

ちなみにシリーズ1は1話から4話までと5話から8話までで監督が変わっています。
人によっては「ガラッと変わった」とまでいう声もあります。
私は「監督が変わる」と事前に知って見たせいなのかは分かりませんが、確かに4話までのトーンと違うトーンというのか、そういう感じはありました。決して悪いという意味ではないのですが。

っていうか、4話までが良すぎる?(笑)

1話の時点で既に目眩がするほど強烈です。
1話見ただけで元取ったくらいの勢いです。震えがきました。
未見の方、ぜひぜひご覧いただきたいです。1話目からもう、高クオリティなんてもんじゃないです。(笑)

私はドラマを当然韓国語で観たのですが、1915年から1989年を行き来する構成になっているので、途中日本語もかなり出てくるんですよね。英語も出てきます。
なので韓国語で観ている人も途中で必ず字幕が入ってくるのですが、最初の朝鮮のシーンすら「字幕プリーズ」と言いたいくらい全編方言っぷりでした。(笑)

ということでいよいよ本題ですが、翻訳。

そうなんです、このドラマ。
先ほども書いた通り、脚本家のスー・ヒューさん。韓国系アメリカ人。
当然英語で脚本を書かれました。

なので実は、もう一人の脚本家と言っても過言でない方が、いらっしゃるんです。
韓国語に翻訳したファン・ソッキさん。

去年の4月12日に韓国の京郷(キョンヒャン)新聞のインタビュー記事『英語・日本語に加えチェジュ方言まで···アメリカドラマ‘パチンコ’を訳したのは誰か』(原文リンクはこちら)には1年以上かけて英語の脚本を韓国語に翻訳した際の様々なエピソードが紹介されていて、非常に面白かったです。

ファン・ソッキさんはこれまで映画『デッドプール』、『スパイダーマン』シリーズをはじめTVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』、『ニュースルーム』などの作品を手掛けてこられたそうです。
とはいえ『パチンコ』は、脚本に書いてある英語のセリフを直訳したのでは当然駄目で、韓国語として一発で分かるセリフに書き換え、さらにはそれを100年前の釜山方言や済州島方言にし、苦労して翻訳した韓国語のセリフがいかに表現として的確であるかを英語ネイティブのスー・ヒューさんに説得までしなければいけなかったというのですから。

ちょっと聞いただけでもとんでもなく大変な作業ですよね。(笑)

記事の中で例えとして書いてあるのが、こんなセリフ。

‘You must know it. I mean no harm’.

劇中でイ・ミンホさん扮するハンスが主人公ソンジャ(キム・ミナ扮)の荷物を持ってあげようとしたところ、ソンジャが身構えるのを見て、ハンスが繰り出したひとこと。というシチュエーションなのですが。

直訳すれば「君も分かってるだろう。俺は傷つけたりしない(너도 알잖아. 나는 해를 끼치지 않아)」となるわけですが、それだと韓国語の表現としてしっくりこないので「“안 잡아먹으니까 걱정마”(取って食わないから心配するな)」に変えたと。

これきっと「‘取って食わない’ってどういうこと?」と質問きますよね。
ええ、実際きたそうです。(笑)
英語では「取って食う」は奇異な表現に感じるだろうけど、韓国語だとこの状況ではこれが自然な表現なんだといちいち説得したのだそう。
面白い。

記事の中で紹介されている他の例がさらに面白くて、酒場で男たちが「こいつめ」、「あいつめ」と言いながらやりあっているシーンを韓国語ではおなじみの「양반ヤンバン(両班)」という単語を用いて「このヤンバンめ(이 양반이)」、「このヤンバンが(저 양반이)」と表現したところ、「あの人の身分はヤンバン(両班)ではないんじゃないの?」とフィードバックがきたと。
ええ。「ヤンバン(両班)」を字義通りの「貴族」とインプットしているんですね、質問者が。(笑)
日本でも、旦那じゃない人に「旦那、旦那」言いますよね。あれです。
社長じゃない人に「社長、社長」言いますよね。
大将じゃない人に「大将、大将」言いますよね。

・・・・・・話逸れていってますか?(笑)

そしてまた、このドラマのすごいところが、方言の忠実な再現。

主人公ソンジャは釜山訛りを使う離島出身で、相手役イ・ミンホさん扮するハンスは済州島出身なのですが、どちらもコテコテ。いえ、どちらも、ではなく済州島の純粋方言はほぼ聞き取れないです。

標準韓国語にセリフを直したものを、さらに釜山方言と済州島方言に直す作業。
これには各々舞台俳優のチョン・マリン(정마린)さんとピョン・ジョンス(변종수)の力を借りたそうです。
方言を自然な言い回しに直した後、そのセリフを実際に録音してみて、さらに細かく修正する作業を行われたのだそう。

済州島の方言は標準語との違いが大きいため、通常の韓国ドラマなどでは語尾だけ少し変えたり、特徴的な感嘆詞を入れたりすることで表現するのが殆どだそうですが、『パチンコ』では100年前のコテコテの済州島方言をそのまま再現したそうです。

いやもう、本当にハンス親子は何を言ってるのか全然わからなかったです。
これは埒が明かないと思い、韓国語の字幕を付けたところ、なんとセリフのままの字幕が付いていたというオチが。(笑)

翻訳家のファン・ソッキさんは、済州島出身の俳優ピョン・ジョンスさんと原文が思い出せないほどの濃度の濃い済州島方言のセリフを作った後、もしも演じる俳優さんたちが難しがるようであれば少し難易度を下げるつもりだったのだそう。でも俳優さんたちは「練習すればできる」と答え、実際に難易度を下げることなく立派に演じ切られたとのことです。最終的には俳優たちの素晴らしいアウトプットがあり、作品の説得力につながったのですね。

また、1989年の「現代」に生きる日本生まれのソンジャの孫ソロモンの使う「在日用語」も、実際に在日コリアンに聞き取りをしてセリフを書いたのだそうです。
その代表例が「ハンメ(함매)」。

言いますね、ハンメ。(笑)

「ハンメ」は慶尚道地域の「ハルモニ(おばあちゃん)」の方言なのですが、それが慶尚北道地域の方言であることも知らずにおばあちゃんのことを「ハンメ」と呼んでいる在日コリアン多数です。(笑)
植民地時代に日本に渡ってきてそのまま定住した在日1世の人たちの中に慶尚道出身者が多いため、家庭内で使われている用語の中に、意識せずに使っている慶尚道方言が多いんですよね。

在日コリアンが使う「ハンメ」までこの大ヒットドラマによって世界化したかと思うと、不思議すぎます。(世界化はしてないです。笑)

英語から韓国語に、標準韓国語から釜山方言や済州島方言に、在日コリアンが使う特有の用語も生かし。
さらにはこの時代に本当にこの単語が使われていたのかを、専門家に歴史考証してもらい。
具体的には、100年前に現代では当たり前に使う「여보(ヨボ/配偶者を呼ぶ時に使う言葉)」や「아내(アネ/妻の意)」という言葉が本当に存在したのか、など。

やはりこれだけのパワーを放つ作品は、セリフ一つ、翻訳一つとっても、様々な過程が抜かりなく踏まえられているんですね。

作品のクオリティ、世界での注目度ともに文句なしのドラマ『パチンコ』。
立派な賞も受賞したことですし、みなさまもよろしければ是非ご覧になられてみてください。
せっかくなので、Apple TV+のリンクを貼っておきます。無料お試し期間もあります。(リンクはコチラ
いえ、わたくし決して回し者などでは!(笑)